公平な選挙制度を!


by sea_of_sound_2008
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 次に書くことは「マスコミに載らない海外記事」が訳している「ジョージ・オーウェルの『1984年』を2010年に再訪」という記事を見て考えたことだ。個人的にこれはとても時宜を得た翻訳だった。というのはアメリカが「一党国家」だというのはまさしく最近の私が考えていたことだから。
一党国家: オセアニア同様、アメリカは事実上、一党国家だ。二つの巨大企業政党が、偽って二つの“対抗している”党であるかのごとき振りをしているのだ。実際には、両党は、実際は一つの党の軟派・硬派二派閥に過ぎない。金融支配層が経済的に重要なあらゆる物事と、資源開発を、しっかり支配している。アメリカ版の一党国家は、表面上、明らかにそうでないもののように見えてしまうがゆえに、実際オセアニア版よりも一層危険な程、オーウェル風だ。オセアニアは、民主主義のふりをしようと気を使わないだけ、少なくとも十分に“正直”だ。

引用元:マスコミに載らない海外記事 - ジョージ・オーウェルの『1984年』を2010年に再訪

 例えばアメリカは中国の体制を非難する。確かに中国の体制に問題はあるだろう。しかしアメリカの体制にも大いに問題はあるのだ(そして日本の体制にも)。アメリカと中国のどちらかに問題があるのではない。どちらにも問題がある。

 だがある人々は、片方に中国というとんでもなく遅れた国家があり、もう片方にアメリカ(やあるいは日本)という素晴らしく自由な国があると受け取っている。「左翼」や「社会主義」に対するお決まりの偏見がそれを増長するだろう。非難のための道具と化した「人権」が正当性を与えてくれるだろう。中国を見る目にはアジアに対する古い偏見も幾分かは加わっている。日本の場合近代以来の福沢諭吉的なアジア蔑視がその代用品となっている。

 言葉をもじって言うのなら、アメリカは「一党独裁制国家」ならぬ「二党独裁制国家」だ。何も非難のために概念をもてあそびたいわけではない。その意味するところは、この記事にある通り、二つの政党のどちらに投票しても支配層に大きな影響はないし、彼らを脅かすような政策が実行されることはないということだ。「第三の道」という名前で新自由主義に転向したイギリスもそうだ。

 今日では誰でもファシズム国家は論外だと言うだろう。そしていわゆる「共産主義国家」も問題だと言うだろう(コミュニストですらソビエトを非難するのだから)。だが民主主義国家についてはたいした検証もなく問題なしと見なされる。そして民主主義体制が最終目標であるかのように言われる。民主主義の中身は問われない。

 共産主義が一度も実現したことがないのと同じくらい、民主主義は実現したことがない。現存する民主主義国家は、文字通りの民主主義国家ではなく、「いわゆる民主主義国家」とか「自称民主主義国家」とでも呼ぶべきものだ。それを見て取るのに何のイデオロギーも必要ないし、敢えてそういう言い方をするのならマルクスを読む必要もない。一体アメリカのどこをどう見れば民《たみ》が支配していると言えるのか。

 それは日本も同様だ。鳩山政権の末期に沖縄の人々が憤ったのは、首相が普天間基地の県外移設を公約し、票を集めて当選して政権の座に着いたにもかかわらず、その公約が実行されないということだった。しかもなぜ実行されないのか本当のところは誰にもわからないのだった(右派のメディアや評論家はいろいろ解説して見せたがそんなものは何の正当性もないし、全くの無価値だ)。

 ソビエトは共産主義ではなかった。アメリカも民主主義ではない。「政権交代のある二大政党制」を掲げる人々、政党、マスメディア、学者が目指しているのはそういうアメリカ型の国造りだ。見せかけの政権交代ということだ。一党が支配する代わりに二党でキャッチボールをするということだ。本当に重要な選択肢はあらかじめ排除するということだ。
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by sea_of_sound_2008 | 2010-07-16 14:30 | 政治
選挙制度 多様な意見の受け皿も必要
2009年9月1日

 8月30日に投開票された衆議院議員選挙は、民主党が308議席を獲得し圧勝した。自民党を軸に動いてきた日本の政治が大転換を迎える。

 「政権選択選挙」と位置付けられた今回の総選挙は有権者の関心を集めた。「歴史的転換期」を前に投票率も上がるであろうと思われたが、期待された割には意外に伸びなかった。県内の投票率は64・95%、全国は69・28%だった。

 「選挙に金が掛かり過ぎる」と中選挙区制から小選挙区制に移行した1996年以降では過去最高の投票率となったが、前回選挙に比して県内では2・6ポイント、全国では1・8ポイント上がったにすぎない。

 投票率が上がらなかった要因の一つとして現行の小選挙区制が挙げられる。各党とも候補者の擁立に苦慮している。大政党以外、多数の選挙区に候補者を立てにくい事情がある。

 それだけ、有権者の「選択肢」が奪われる結果になっている。

 選挙後、比較的若い世代の会員が多いインターネットのサイトで、会員を対象にしたアンケート調査が行われた。

 約24万人が回答し、「投票しなかった」有権者は25・3%を占めた。そのうち24・8%が「投票したい候補者・政党がない」と答えている。

 今回の選挙は「政権交代」を旗印にした民主と自民・公明両党との対決を中心に進められてきた。

 従来の自・公の政権運営に「ノー」を突き付けたい有権者は民主に投じるしかなく、各種世論調査で民主有利が示される中で、「勝敗は既についている」「投票しないのは精いっぱいの判断」とする無力感派や苦渋の判断をした有権者もいる。

 大政党間で争われる小選挙区制の選挙は「風」に左右される要素が少なくない。4年前の「郵政選挙」や今選挙が如実に物語っている。けれども「風」に押し流される選挙であってはならない。

 国民の価値観が多様化する中で小政党が担ってきた「少数意見」を、どう国政に届けるか。二大政党制の流れの中で、さまざまな意見の受け皿をどうするのか。

 例えば、現行制度でも選挙区と比例区の定数配分を比例区に厚くするだけで選択肢はより広がる。国民の声を吸い上げる多様な方策についても論議を重ねたい。

引用元:http://ryukyushimpo.jp/news/storyid-149267-storytopic-11.html

 比例区の定数を増やすという案に賛成。大政党に有利、少数政党に不利、という小選挙区制の弊害は今回の選挙でも証明された。民主党が提案している比例区の削減の先に待っているのは、改憲である。自民と民主しか選択肢がないなんて冗談じゃない。
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by sea_of_sound_2008 | 2009-09-04 08:06 | 政治

*このエントリは衆院選・国民審査関連のリンク集です。随時更新されます。一番上に表示されるので最新エントリを見るには下にスクロールしてください。もしくはRSS対応のブラウザかRSSリーダーをご使用下さい。











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by sea_of_sound_2008 | 2009-08-31 00:00 | 政治
河北新報 - 09衆院選政権選択/政策競争が歴史の扉を開く

 二大政党化の利点ばかりが強調されるが共産、社民、国民新など小政党の役割を軽視するわけにはいかない。大政党がすくい切れない環境や平和など生活に密着した政策課題を提示し、存在感をアピールしてほしい。

引用元:http://www.kahoku.co.jp/shasetsu/2009/08/20090819s01.htm (魚拓)

新潟日報 - 09衆院選 連立の在り方も考えたい

 1994年に成立した「自社さ」政権以降、国政では比較第1党の座を占める自民党を補強し、安定させる形で連立政権が続いてきた。しかし、本格的な二大政党時代を迎え、政治状況は大きな転換期にある。

 そうした時代の中で、情勢によっては小政党の政権への影響力が強さを増していく可能性がある。

 社民党と国民新党はそのことを自覚し、総選挙後に担うかもしれない責任を踏まえた対応をしてほしい。変化を見せてこそ、国民に「政権選択」選挙を実感させることになる。

 有権者もこれまで以上に連立政権の在り方に目を凝らしたい。それは二大政党制の中で政治や政策の二者択一化が進むことを防ぎ、多様性を確保することにつながるはずだ。

引用元:http://www.niigata-nippo.co.jp/editorial/index.asp?syasetsuNo=2168 (魚拓)

神戸新聞 - 二大政党化/重み増す「第三の選択肢」

 野党3党も、共通公約を公表した。

 社民党が重視する製造業派遣の原則禁止や障害者自立支援法の廃止、国民新党が党是とする郵政民営化の抜本的見直しなどを柱に据える一方、3党間で隔たりの大きい外交・安全保障政策の言及は避けた。

 社民党はマニフェスト(政権公約)で「新しい連立政権を目指す中で基本政策を実現」と明記した。しかし、かつての自社さ政権で自衛隊容認などの方針転換を重ね、「護憲」の主張がぼやけて議席を減らした苦い経験がある。改憲派が少なくない民主との連立でも、いずれぶつかる壁だろう。

 国民新党は「政権にはすり寄らない」としており、独自色を強めて影響力を行使する狙いのようだ。

 野党共闘と一線を画す共産党は「建設的野党」を宣言。民主政権が誕生すれば、後期高齢者医療制度の廃止など一致できる政策には協力するという。従来の絶対的野党から現実路線に一歩踏み込み、政権交代を党勢拡大につなげる試みといえる。

 このほか、先日結成されたみんなの党や改革クラブ、新党日本などが政界再編も視野に議席獲得を目指す。

 小選挙区制度で二大政党化が進むほど、二者択一に収まらない多様な意見をくむ「第三の選択肢」は重みを増す。その旗をしっかり掲げ、存在価値をアピールできるか。自、民以外の政党の踏ん張りが日本の議会制民主主義の在り方を左右する。

引用元:http://www.kobe-np.co.jp/shasetsu/0002240711.shtml (魚拓)

徳島新聞 - 衆院選公示 この国をどの党に託すか

 多様な国民の声を政治に反映させるには、二大政党だけではなく、他の政党の役割も重要だ。

 公明党の太田昭宏代表は「景気回復に全力を挙げ、医療、介護、子育て、若者の雇用支援に力を注ぐ」とし、共産党の志位和夫委員長は「大企業に応分の負担をさせ、軍事費削減のメスを入れる」と強調した。

 社民党の福島瑞穂党首は非核三原則の法制化や、仕事、暮らし、地域の再建を目指すとし、国民新党の綿貫民輔代表は郵政民営化の見直しを訴えた。

引用元:http://www.topics.or.jp/editorial/news/2009/08/news_125064212584.html (魚拓)

琉球新報 - 09衆院選きょう公示 選択に値する政策論争を/公約と実行力を吟味したい

少数意見どう反映
 ……有権者の間では、二大政党への関心が強まるが、判断材料が二つに一つということでは、そこから漏れてしまう少数意見が政治に反映しにくいという弊害も出てくる。

 政治への不信感は、政党や政治家の姿勢に由来する点も大きい。日ごろからこの国の針路について、真摯(しんし)に思案し、行動することで有権者の信頼を得ることができよう。

 自公連立政権の維持か交代か、政権の枠組みへの国民の高い関心が集まる。だが、自民と最大野党の民主の主張には、県民が関心を持つ外交・防衛政策などの違いが分かりにくい。2党の動向ばかりに目が奪われていては、選択肢を狭めてしまうと危惧(きぐ)する有権者もいるだろう。

 有権者は、確かな目で候補者を判別したい。そのためにも、より幅広く政党や候補者の主張に耳を傾けることで、適切な政策を見つける努力をしたい。政党や候補者は、有権者の審判に堪え得るよう具体的な施策を提示し、主張してもらいたい。

引用元:http://ryukyushimpo.jp/news/storyid-148608-storytopic-11.html (魚拓)

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by sea_of_sound_2008 | 2009-08-27 11:24 | 政治
二大政党制 多様な民意をどうする

 衆院選の最大の焦点は、紛れもなく政権選択。自民、民主両党ががっぷり四つに組んだ争いを展開している。わが国でも、政権交代が可能な二大政党制の時代が幕を開けたといえるかもしれない。

 とはいえ、この衆院選で定着するかは未知数だ。両党とも国民のすべての思いを代弁できるわけではない。ましてや、選挙結果によっては政界再編もありうる。

 直近の国政選挙だった2007年の参院選は民主が大勝し、自民は初めて第1党から転落した。比例代表の得票率を見ると、民主が39%、自民が28%を獲得した。一方、公明、共産、社民、新党日本、国民新党の各党は合わせて30%を超えた。

 自民が圧勝した05年の衆院選の比例代表でも、自民と民主の数字が逆転しただけで、他の5党の得票率は30%余で変わらない。この数字は極めて重い。

 有権者の価値観は多様化している。選択の基準となるテーマは経済、環境、福祉、護憲、地方など多岐にわたる。比例代表ではそれが率直に表れる。決して二者択一の枠には収まりきれない。

 二大政党の「受け皿」からこぼれ落ちる層が常にあることを思えば、多様な民意をくみ上げるシステムはあった方が良い。

 この点で選挙制度の変革には慎重であるべきだ。民主党がマニフェスト(政権公約)で、比例代表を大幅に減らそうとしていることは疑問だ。自民党も削減をうたっているが、その対象は明確にされていない。

 国民が二大政党制を望んだとしても、ゆっくりと収れんされていくべきものだろう。制度によって強引に推し進めるものではない。それは少数意見を捨てることになる。

 自民党が公明党と連立してから既に10年近くの時間がたつ。一方、民主党もこの選挙で勝てば、社民、国民新両党との連立政権をつくることを明言している。日本の政治は間違いなく連立の時代になっていく。

 小政党はそこに活路を見いだせるのではないか。少数意見を代弁しながら、連立相手の大政党の暴走をチェックする機能が期待される。自公政権では公明党がその役回りだった。

 社民党が民主党中心の政権に参加すれば、安全保障の問題は政権の火種にもなるが、内からブレーキを踏むこともできる。是々非々の「建設的野党」の立場を表明した共産党は、外から政権をチェックする道を選んだ。

 政権を争う二大政党のはざまに埋没するのか、それとも確固とした存在感を示せるのか。小政党は重大な岐路に立っている。

 この選挙で政権交代が起きたとしても、起きなかったとしても、望みたいのは国民の思いが離れれば主役の座から退場させられるという緊張感のある政治だ。

 この選挙はそうした状況をつくり出せる絶好の機会。ぜひ生かしたい。

村井康典(2009.8.20)

引用元:http://www.iwate-np.co.jp/ronsetu/y2009/m08/r0820.htm (魚拓)

 全国紙にない視点を求めて、衆院選公示前後の地方紙をかなり見て回ったのだが、はっきり言って失望した。ほとんどが「政権交代」「政権選択」「二大政党制」といったキーワードで組み立てられたものだったからだ。その中でこの岩手日報の「論説」は貴重である。

 おおざっぱな枠組みでは肯定しつつも、二大政党制にはっきりと疑念を投げかけている。以前から言われていたように、自民・民主以外に投票する人々は約三割いるのだ。「比例代表を大幅に減らそうとしていることは疑問」と民主党マニフェストを批判しているのも良い。民主党は三割もの民意を切り捨てるのかと言いたい。
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by sea_of_sound_2008 | 2009-08-27 10:33 | 政治
 自民党と民主党の両党が、マニフェストで議員定数の削減を競い合っている。民主党のマニフェストには「衆院比例区80削減」が盛り込まれた。自民党のマニフェストも「衆参両院議員の総定数3割以上の削減」を盛り込んだ。この一致は何を意味するのか。


「民意」を偽装する小選挙区制

 小選挙区比例代表並立制が採用されて以来、この国の選挙制度は「民意」を歪める装置として、また作り出す装置として働いてきた。現行の選挙制度の元で行われる選挙結果は、少数派の意思が圧縮され、多数派の意思が増幅されたものでしかない。

 なぜ現行の小選挙区制は、有権者の意思を反映しないのか。それは一つの選挙区で一人しか当選者のいない、「勝者総取り」の小選挙区を中心にしているからだ。

 小選挙区では、二位以下がどんなに票を集めていても、選ばれるのは一人の勝者であり、その他の候補への投票は、死に票となって有権者の意思は大きく切り捨てられる。得票率が過半数に満たない候補が、選ばれることも起こる。その場合、過半数の「民意」がその勝者を選ばなかったにもかかわらず、無視されることになる。

 このような特質のため、「勝つ」候補が票を集める傾向にある一方で、「勝てない」候補への投票は避けられる。政策的には他の候補を支持しているのに、「勝てない」という理由で「勝つ」候補に投票する有権者も現れる。有権者の「民意」はねじ曲げられる。

 小選挙区制は、有権者の「民意」を偽装する。

 小選挙区の弊害を補い「民意を反映」するのは、比例区だとされてきた。得票数に応じて議席が配分される比例区は、小選挙区に比べて「民意を反映」している。だが民主党案によれば、その比例区を一挙に80議席も削減するという。つまり単純小選挙区へ近づくということだ。そうなれば小選挙区の弊害は増幅される。


鳩山代表は細川内閣の官房副長官

 小選挙区制が導入された当時、政府は「民意の反映は比例代表制で補う」と答弁していた。逆に言えば小選挙区は「民意を反映」しないと認めていたのだ。その細川内閣で内閣官房副長官を務めていたのが、鳩山由紀夫である。

……政府は「民意の反映は、比例代表制で補う」と答弁した。小選挙区制に対する「民意を反映しない」という批判を否定できずに、かろうじて比例代表制を加味することで、議会制民主主義を担保できるというものであった。

引用元:http://www.jlaf.jp/iken/99/iken_990500.html

 その鳩山が代表を務める民主党が、今度は「ムダづかい」と称して衆院比例区を狙い打ちするのは、欺瞞である。鳩山は比例区削減が「民意」を切り捨てることであると理解しているはずだ。「国会議員も身を削る」等と言われているが、実際に削られるのは、国民の「民意」であり、選挙権の効果であり、意見の多様性であり、少数野党の議席である。民主党は痛まないどころか、議席占有率を高めることが出来る。

議員数の削減は改革詐欺

 民主党のマニフェストを見ると、「天下りのあっせんの全面的禁止」や「国家公務員の人件費削減」等と並んで、「衆議院の比例代表定数の80削減」が「ムダづかいをなくすための政策」、「行財政改革」とされている。これを読んだ人には「国会議員の数は多すぎる、しかもその維持に相当のお金がかかっている」といった予断が植え付けられることだろう。はっきり言って詐欺である。

 上で述べたように、1) 比例区は「民意の反映」の為の存在であり無駄ではない。2) 日本は海外と比べると、国民の数に比べて国会議員の数が多いとは言えない。国民の多様な意見を国会に届けるためには、議員はもっと多い方がいい。3) 議員を削減することで得られる予算はそれほど多くない。「土佐高知の雑記帳」の試算によると、議員を80人減らすことで浮くのは年額44億円に過ぎない。「上脇博之 ある憲法研究者の情報発信の場」の試算でも、「議員定数80を削減した場合の公金削減分」は、約54億1853万円に過ぎない。

 それでも約50億円という数字は多いと感じる人がいるかもしれないが、引用した二つのブログも指摘しているように、政党助成金は年額約320億円と文字通り桁違いだ。国会議員にかかる費用は、有権者の意志を国会に届け、民主主義を実現するためのコストであり、「ムダづかい」ではない。

 国会議員が何のためにいるのかを考えよう。国会議員は主権者である国民の代表者だ。それを減らすことは国民の権利を踏みにじることを意味する。

本当のオルタナティブがなくなる

 自民党と民主党がともに議員定数の削減を目指していることは、この二つの党が制度的に二大政党制を完成させ、少数政党を排除しようという共通目標を持ったとみなせる。これはまず両党にとって都合の良いルール作りを進めて、どうするのかは後に持ち越そうという、手続き面での暗黙の合意であるのかもしれない。実現すれば両党が基本的に一致する政策が、なし崩し的に進められる可能性がある。

 改憲や海外派兵に反対することが難しくなるだろう。財界の支配にメスを入れることが難しくなるだろう。大企業・富裕層からの再分配が難しくなるだろう。消費税増税に反対することが難しくなるだろう。特に危惧せざるを得ないのは、将来の憲法改正を見据えつつ、改憲派で議席を確保したいという狙いが透けて見える点だ。議席数は憲法改正の発議は勿論、改憲手続き法(国民投票法)の規定にも直結する。

 「政権交代」が最優先視されるこの衆院選において、改憲や消費税は大きな争点とはなっていない。にもかかわらず、ここで予め未来を方向付けるようなことを決めて良いのか大いに疑問だ。まず大政党に有利な「民意」は増幅し、そうでない「民意」は縮小するルール作りをしよう、という姿勢は間違っている。


国民は二大政党制を望んでいるか

 そもそも国民は二大政党制を望んでいるのだろうか。朝日新聞の調査では、「自民と民主の二大政党以外の政党にも勢力を伸ばしてほしい」と思う人が54%と過半数いる。去年のデータながら、読売新聞の調査では、自民党・民主党の両党に不満を感じる人がそれぞれ8割いる。7月の読売の調査も同様の傾向を示している。

 国民は積極的には二大政党制を支持していない。にもかかわらす二大政党化が進んでいるのは、最初に述べたような小選挙区制のカラクリによる。


二大政党制は「偽装された民意」

 小選挙区制が導入された当初の目的は、リクルート事件などを受けて、腐敗した金権政治をただすことにあった。国民が二大政党制のレール作りを望んで、細川政権に高い支持を与えたとは思えない。だが今や政界・財界・マスメディアがスクラムを組んで二大政党制を既成事実化しようとし、国民が二大政党制を望んでいるかのように「民意」が偽装されている。

 民主党が次の衆院選で大勝すれば、「民意」の支持があったとして、衆院比例区の削減を躊躇しないだろう。そうなれば自民党に比べて「リベラル」な政権が誕生しつつ、社共は排除されて、政治全体としては大きく右寄りになる。

 問題となるのは、今の民主党が隠している改憲や海外派兵、消費税増といった志向性だ。「政治改革」の名の下に小選挙区制を導入した細川政権のように、自民ですらやれなかったことを非自民政権がやる、という逆説が繰り返されるかもしれない。そして議員定数の削減は、そのための布石となる。

 この政治状況下で本当のオルタナティブとなるのは、社民党や共産党だ。しかし今度発表されたマニフェストは、そうした選択肢を選ぶ権利すら国民から奪おうとしている。



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by sea_of_sound_2008 | 2009-08-17 23:58 | 政治
 日本の戦後政治史を俯瞰すると、改憲に必要な3分の2以上の議席確保を目的として、保守派から小選挙区制が度々持ち出されて来たことがわかる。また小選挙区制は、二大政党制の形成による少数派の排除の道具でもあった。資料を元に、改憲と小選挙区制そして二大政党制の戦後政治史を少しばかり描き出してみたい。


1947年 / 小選挙区制と二大政党制が理想
 国民主権となって初めての総選挙が行われる。この時選挙制度は、46年の大選挙区制限連記制から、42年以前の中選挙区単記制に復帰した。この選挙法の改正における保守派の狙いは、連記制では共産党と女性が伸びると見て、それらを排除することにあった。後に保守合同の立て役者となる三木武吉は、46年の総選挙で社会党と共産党が伸びたのを見て、保守各派を連合しないと「日本は大変なことだ」と思ったという。

 植原悦二郎内相は、記者会見で「二大政党主義による政党政治の安定確立という建前により、小選挙区単記制がもっとも理想的だと思う。小党分立は民主主義の発展を阻害する。しかしこのような一足とびの態勢は直ちに[は]困難だから、まずは中選挙区単記制をとりたい」と述べていた。当時から、保守派の中に小選挙区制と二大政党制を理想とする意見があったことがわかる。

1955-1956年 / 鳩山一郎の改憲策動とその挫折
 鳩山一郎・岸信介らの民主党が憲法改正による自衛軍の創設を掲げ、分裂していた左右両派の社会党が平和憲法擁護を統一決議とするという対決的な政治状況の下で、55年2月に総選挙が行われる。選挙結果は民主党が第一党になったものの、左派社会党も議席を伸ばし、保守全体では改憲に必要な議席を獲得できなかった。

 10月には左右両派の社会党が統一大会を開いて統一し、その一ヶ月後の11月には自由党と民主党の保守合同により、自由民主党が結成される。55年体制の始まりである。保守合同の背景には、熱狂的な反共主義者だった三木武吉の仲介、左派社会党の躍進に危機感を強めた経団連・日経連・経済同友会・日本商工会議所といった財界の介在があった。

 合同を目指した第一回の政策委員会の席上で強調されたのは、「このままの政治の推移では容共社会党の天下」となるという露骨な反共主義だった。これが保守合同の本音であったが、保守政治家たちは表向きには、「二大政党論」や「政局安定」といった言葉で粉飾していた。また、自由党の側から合同を主導した緒方竹虎は、CIAの協力者だった。

 翌56年、鳩山内閣は、今度は選挙制度を変えることで改憲を謀るべく、小選挙区制法案を国会に提出する。この法案は、選挙区の区割りが自民党の現職、特に鳩山派である旧民主党系に有利なように線引きされた不平等なものだった。「ハトマンダー」と呼ばれたこの悪名高い区割りは、野党と世論のみならず、与党内部からも強い非難を浴び、結局廃案となる。これらの挫折の後、鳩山は改憲を諦めざるを得なくなる。

1960年 / 岸信介の改憲構想と60年安保
 岸信介内閣が5月19日の夜に、500人の警官隊を衆院に入れ、安保改定を強行採決したことによって、その強権ぶりが国民的な反発を招き、空前の盛り上がりを見せた60年安保闘争が起こる。岸は安保改定をテコにして小選挙区制を導入し、改憲へ向けた体制を整える構想を持っていた。

 岸はかつて二大政党制による「共産主義に対抗しうる『強力な安定政権』の確立」を望み、保守合同を推進していた。鳩山内閣では幹事長として小選挙区制の導入を計り、前述のように挫折していた。しかし、岸は小選挙区制と改憲を諦めていなかった。

 岸内閣の佐藤栄作蔵相は、58年にマッカーサー米駐日大使に合い、「共産主義と戦うために」自民党への資金援助を要請していた。50年代から60年代にかけて、CIAは数百万ドルの資金を自民党に提供していた。

 安保条約は自然承認されたが、激しい反対の声に押されて、岸は辞任せざるを得なくなり、その試みは瓦解する。

1972-1973年 / 自民党永久支配を目指した田中角栄
 田中角栄は、72年7月に内閣を発足して高い支持率を記録、9月には日中国交正常化を成し遂げる。しかし、その余勢を駆って行われた12月の衆院総選挙の結果は、振るわなかった。自民党は議席を減らす一方、社会党が議席を大きく回復、共産党は三倍近い伸びを見せた。

 自民党一党独裁の危機を感じ取った田中は、選挙制度を変えることで、支配を盤石なものにしようとした。田中内閣は73年4月から5月にかけて、衆議院の選挙制度を小選挙区並立制に変える法案を、国会に提出しようと試みる。

 自民党に極めて有利なこの法案は、野党は勿論、新聞からも大反対に遭い、挙げ句の果ては党内からも異論が噴出して、国会提出を諦めざるを得なくなる。

1989-1991年 / 「政治改革」と小選挙区制の結合
 リクルート事件が自民党を大きく動揺させる中、89年4月に竹下首相が、リクルート社から巨額の金銭を得ていたことが明るみに出て退陣する。5月には、政治腐敗をただすとの目的で自民党が設置していた政治改革委員会が、「政治改革大綱」を発表する。そこには小選挙区比例代表並立制を意味する提案が書き込まれていた。

 6月には、宇野内閣によって第八次選挙制度審議会が発足される。この審議会にはマスメディア関係者が多数含まれていた。これまで小選挙区制が導入されようとした際に、大新聞がこぞって反対して来た経緯を考慮したものだった。

 翌90年に、同審議会は海部内閣に対して小選挙区制導入を答申する。これには野党のみならず、党勢を回復していた自民党内部からも反対の声が挙がる。しかし、海部はリクルート事件で地に落ちた派閥の領袖たちの復権を阻止し、自分の内閣を継続させる目的で、「政治改革」の実現を目指した。

 91年に、選挙制度を小選挙区制へ変える法案が、国会に提出される。衆院に政治改革特別委員会が設けられ、法案が審議されたが、与野党の反対が強いと判断した委員長によって廃案となる。

1994年 / 細川内閣が小選挙区制を導入
 「政治改革」を旨とする細川内閣により、小選挙区比例代表並立制が導入される。法案は社会党の一部を始めとする強硬な反対派により、参院で否決されるが、細川と自民党総裁河野洋平のトップ会談で修正合意されることで決着した。マスメディアはこの「政治改革」を肯定的に捉えて、その内容まで踏み込んだ議論をしなかった。

 この内閣のキーバーソンであった小沢一郎は、前年に『日本改造計画』を出版して話題となっていた。この本の中では少選挙区制の導入や改憲が主張されていた。また同書では「強力なリーダーシップ」の必要性が説かれているのだが、これは小沢にとって多数派が少数派の意見を積極的に無視することを意味した。

 政権党が両院で過半数を得て法案を成立させるために一部の野党に譲歩、妥協したものを、さらに譲歩せよというわけである。……過半数が賛成している案を、少数のダダッ子がいて、その子をなだめるために、いいなりになってすべて変えてしまう。……少数者の横暴のため多数者の意志が通らなくなる。

小沢一郎『日本改造計画』講談社、1993年、24頁

 こうやって眺めると、50年代から60年代には明示的に改憲と結びついていた小選挙区制が、リクルート事件を機に、今度は「政治改革」という新たな衣を纏うことによって、それまで反対していたマスメディアを取り込みつつ、受け入れられていった過程がわかる。その試みが遂に成功したのが、94年の細川内閣においてであった。

 そして改憲手続き法(国民投票法)の成立を見た今、自民・民主の両党が揃ってマニフェストに議員定数の削減を盛り込んだことは、再び改憲志向の選挙制度改革が甦って来たように思われる。自民党は「自主憲法の制定」をマニフェストに書き込み、民主党の鳩山由紀夫代表は筋金入りの改憲論者である。

 特に民主党の定数削減案は、比例のみを削減すると明言しており、実現すれば単純小選挙区に近づくという危険性を持つ。そうなれば、改憲派が国会で多数を占めることが容易になり、本当のオルタナティブは消えてしまうだろう。


    [参照文献]
  • 後藤基夫・内田健三・石川真澄『戦後保守政治の軌跡』岩波書店
  • 石川真澄『戦後政治史 新版』岩波新書
  • 冨森叡児『戦後保守党史』岩波現代文庫
  • 原彬久『岸信介』岩波新書
  • 小熊英二『1968(上)』新曜社
  • 小沢一郎『日本改造計画』講談社
  • 山口二郎『日本政治の課題』岩波新書
  • 山口二郎『戦後政治の崩壊』岩波新書

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by sea_of_sound_2008 | 2009-08-17 23:27 | 政治
 「民主党マニフェストに“ダメ出し”するのがメディアの仕事か?」と題された記事で、ジャーナリストの上杉隆が、大政党のマニフェストだけがマニフェストと呼ばれるべきであり、少数政党のものはマニフェストとは呼ばないと、以下のように主張している。これは本当だろうか?

 マニフェストは「政権公約」と訳されることからもわかる通り、政権獲得が期待される政党が、今後の数値目標や工程表などを具体的に示した上で、施政に関して有権者に約束するものである。

 そうした意味でいえば、自民党と民主党以外の政党の「マニフェスト」を、マニフェストと呼んでいいのか疑問の残るところだ。

 少なくともマニフェスト発祥の地・英国では、少数政党のそれは「マニフェスト」とは呼ばない。

引用元:http://diamond.jp/series/uesugi/10088/

 検証の為さっそくBBCのサイトで「lib dems manifesto」と検索してみると、あっさり保守党でも労働党でもない、イギリス自由民主党のマニフェストに関する記事が見つかる。ここでは二本の記事を紹介しておこう。一本目の記事では、自由民主党のマニフェストを紹介(マニフェスト自体もダウンロードできる)、二本目の記事では。それに対する人々の意見を紹介している。この上杉の主張が全くの嘘であることがわかる。

 どうやら上杉は我々の知るイギリスとは異なるイギリスを知っているらしい。たぶん時間を気にする白ウサギに導かれて不思議の世界にさ迷い込んだのだろう。

 更に付け加えると、民主党が連立政権を組む場合を想定すれば、社民党・国民新党のマニフェストも視野に入れるべきだが、この記事にそのような視点は全く無い。このような独断と偏見は、民主党への過度の傾倒と少数政党への蔑視に基づくものである。
時事 - 共通政策、8月中旬に=3野党

 民主、社民、国民新の野党3党は31日午前、国会内で幹事長や政策責任者による会合を開き、衆院選で訴える3党の「共通政策」について、8月中旬の早い段階で成案をまとめる方針を確認した。3党は与野党逆転を実現した場合、これを土台に連立政権樹立に向けた協議を進める見通しだ。

 会合には民主党の岡田克也幹事長、社民党の又市征治副党首、国民新党の亀井静香代表代行らが出席。3党がそれぞれのマニフェスト(政権公約)の内容を紹介した。又市氏は「憲法理念の実現」など四つの基本政策を説明し、「新しい連立政権の中で実現すべき政策だ」と訴えた。

引用元:http://www.jiji.com/jc/zc?k=200907/2009073100058

 また同記事は、「そもそもマニフェストは実現可能性を問うものではない」との理由で民主党を弁護する。しかし結論から言うとこれもデタラメである。
 そもそもマニフェストは、実現可能性を問うものではなく、将来の政策を示し、その達成度合いをチェックするための指針なのである。よって、メディアに期待されるのは、未来の実現可能性を問うことではなく、現実(過去の)のマニフェストの達成状況を検証することではないか。

引用元:http://diamond.jp/series/uesugi/10088/?page=3

 今度はマニフェスト選挙の主導者である「21世紀臨調」のサイトを覗いてみよう。「政権公約(マニフェスト)に関する緊急提言~新政治改革宣言・政党の立て直しと政治主導体制の確立~(pdf)」という文書には、以下の記述がある。

 また、マニフェストで具体的な数値目標などが設定されるということは、①そもそも政策の実現には財源その他の資源的裏付けが必要であること、②この資源は有限であるため、あらゆる願望をすべて実現することはおよそ不可能であること、③だからこそ、掲げた政策の実現可能性が問われるということを、国民と政党の双方に自覚してもらう効果をもつ。検証可能な具体的な目標の設定により、政党は政党間競争を通じて実現可能な政策の立案能力を鍛えられ、政権を獲得した後はその結果が厳しく検証される。

……これまで日本の政党の「選挙公約」は、国民にとっても、候補者にとっても重要視されてはこなかった。しかもその内容は、検証が不可能であるような抽象的な目標や願望を総花的にあれもこれもと羅列したものにとどまり、具体的な政権イメージを惹起できず、実現可能性は無視され、実行体制も構築されず……

 マニフェストは、①政治の機能がダイナミックな選択にあること、②政党の機能は社会の多種多様な利害・関心を複数の選択肢に集約する機能であること、③政党が掲げる政策は、資源の裏付けを含め、実現可能なものでなければならないことを明確に再認識させる。

*強調は引用者

引用元:http://www.secj.jp/pdf/20030707-1.pdf

 明らかにマニフェストは、その主導者たちによって「実現可能性」を問うためのものとして規定されているのである。「マニフェストは実現可能性を問うものではない」とする上杉の定義は、一般性を持たないローカルな「オレ定義」に過ぎない(実現可能性にこだわるマニフェスト選挙自体問題である)。

 上杉は事実に基づかない定義を振りかざして、「まだ打席にも入っていない民主党」のマニフェストを批判するよりは「長い間バッターボックスに立っていた」自民党のマニフェストを検証せよと言う。政権を獲る前から財源に固執する主張には賛同できない(というよりそれがマニフェスト選挙の弊害だ)し、その指摘も正しい。しかしこのような奇妙なレトリックを用いてまで民主党を擁護するのは、詭弁であり贔屓の引き倒しと言うべきである。

 ところで、彼自身が同連載の別の記事で書いているように、民主党は大連立という八百長試合をやりかけた政党である。「まだ打席にも入っていない民主党」ではなく「無理矢理打席に入ろうとしたことがある民主党」というべきだろう。そしてこの記事に明らかなように、少数政党はバッターボックスに立たせてもらえないどころか、ベンチ入りすらさせてもらえない。

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by sea_of_sound_2008 | 2009-08-13 18:32 | メディア
 マスメディアは自民党と民主党に報道を集中させている。本当に「民意」は自民党と民主党のみを求めているのだろうか。二大政党制を望んでいるのだろうか。世論調査は異なる事実を伝えている。


……自民と民主の政策に「はっきりとした違いがある」と思う人は28%で、「あまり違いはない」は64%に上った。「民主党政権」で日本の政治は「良くなる」は26%、「悪くなる」9%で、「変わらない」59%が最も多かった。

引用元:http://www.yomiuri.co.jp/feature/20080116-907457/news/20090704-OYT1T00747.htm

 自民党と党民主の政策に「あまり違いはない」「民主党政権で日本の政治は変わらない」が6割。「はっきりとした違いがある」「民主党政権で日本の政治は良くなる」は30%弱。

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引用元:http://www.yomiuri.co.jp/zoom/20090704-OYT9I01060.htm

 上の記事のグラフ。自民党と民主党のどちらも「これからに不安を感じる」が約8割。「これまでに失望を感じている」は過半数。これは「これからに期待している」や「これまでに満足している」に大きく差を付けている。

◆今度の総選挙で、自民と民主の二大政党以外の政党にも、勢力を伸ばしてほしいと思いますか。そうは思いませんか。

 勢力を伸ばしてほしいと思う 54
 そうは思わない       38

*改行と空白を調整

引用元:http://www.asahi.com/politics/update/0802/TKY200908020173_01.html (魚拓)

 自民党と民主党の二大政党以外の議席増を望む人が、54%で過半数。

 次の調査は去年のものだが、興味深い結果が出ているので、参考としてリンクのみ示す。


 読売の調査結果からは、人々が自民党と民主党の双方に、大きな不安感や失望感を持っていることが見て取れる。また両党に際だった違いはないし、政権交代しても大きく変わらないと認識しつつ、どちらかと言えば民主党に期待する姿が浮かび上がる。そして朝日の調査結果からは、自民党より民主党を支持しつつ、過半数が二大政党制は望まないという結果が出ている。

 こうした調査結果にもかかわらず、なぜ民主と自民だけが採り上げる価値があるとされるのだろうか。それはやはり一つの選挙区で一人しか当選しない小選挙区の存在が大きな理由だろう。二大政党の候補のどちらが勝ってどちらが負けるかに注目が集まり、第三党以下は蚊帳の外に置かれてしまう。

 かつて小選挙区制が導入された時、政府は小選挙区は「民意を集約」するものであり、比例区は「民意を反映」するものだと説明した。それに倣って言えば、現在の報道は「民意を集約」する「小選挙区型報道」と言うべきものであり、「民意を反映」するべき「比例区型報道」が無いと言える。

 それは上の世論調査も例外ではない。読売の世論調査は、自民党と民主党のみを採り上げている。朝日の世論調査も、自民党と民主党から選ばせる項目が多い。これらは勝ちそうな二人の候補のどちらかを選ばせる小選挙区の論理そのものである。

 二大政党制に回収されない「民意」がこれ程あるにもかかわらず、何故無視されるのか疑問である。需要があるのだから、それに応えれば良いではないか。単純なことだ。そうしないのは、マスメディアの主体性の問題だ。これでは世論を誘導しようとしていると言わざるを得ない。

 自公退場を望む声は強い。しかしそれが民主支持となって現れているだけでなく、自民と民主の双方を疑う視点も持ち合わせていることにも注目しなければならない。しかしこの二つの流れの内、マスメディアは前者のみを採り上げて、後者を無視し続けている。

 心配なのは今後選挙戦が盛り上がるにつれ、あるいは前評判通りに民主党が勝利した時に、「民意」は二大政党制を望んでいると既成事実化されてゆくことだ。選挙結果や報道のあり方によって「民意」が左右されることを思えば、そうなりかねない。それが選挙前の「民意」とは異なることを記しておくと同時に、そうなる前にマスメディアが、「民意」に反するこうした報道姿勢を転換することを望む。



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by sea_of_sound_2008 | 2009-08-13 16:12 | 政治
 最近細川政権のことを考えることが多い。おそらく衆院総選挙後に出現するであろう民主党政権が、どういった性格のものになるかを考える上で、示唆するものを与えてくれそうだからだ。そう思っていたところ、今日8月9日付の朝日新聞朝刊に、細川護熙元首相とその参謀役だった田中秀征のインタビューが載っていた。

 細川政権は初めてが多い政権だった。初めての非自民政権。初めて首相としてアジア・太平洋戦争を「侵略戦争、間違った戦争」と明言。初めて小選挙区制を導入。清新なイメージがあり、「政治改革」を掲げて高支持率を得た。ここから現在まで続くポスト55年体制の政治劇が始まった。

 いろいろと考えさせられるところの多いインタビューだが、今と繋がるテーマとして私が特に注目したいのは、「侵略戦争」発言、小選挙区制と二大政党制、そして改憲のことだ。

 「侵略戦争」という発言は、就任後初の記者会見でなされたものだ。しかし、その後の所信表明演説では「侵略行為」という表現に後退した。当時はどういう経緯で「侵略戦争」発言がなされたのかと、舞台裏を探られた。このインタビューでは、「もう少し言葉を尽くして説明すればよかったと思わないでもなかったが、明快に言ってしまった」と答えており、細川個人の英断があったことを窺わせる。

 ――細川さんは政権発足直後の記者会見で、先の大戦について「侵略戦争だった」と答えられました。

 細川 もう少し言葉を尽くして説明すればよかったと思わないでもなかったが、明快に言ってしまった。

 ――発言への反発、脅しとかも。

 細川 それらしきことは随分ありましたね。

 田中 大量に来たよね。血で書いたような手紙もあった。

 細川 街宣車もたくさん来た。

 田中 細川発言の延長線上で、自社さの村山政権は「侵略」や「植民地支配」を謝罪する「村山談話」を95年に出す。05年、自民党の小泉政権がそれを踏襲する「小泉談話」を出した。小泉さんは、細川さんが「侵略戦争」発言をしたとき、私に「あれでいいんだ」と言ってきました。

 細川 そうなんですか。

 そしてこの二人は、小選挙区制導入のまさに当事者であった。統一会派を組んでいた日本新党と新党さきがけは、選挙制度改革を受け入れることを条件に、他の非自民勢力と結集し政権を誕生させた。そして政権発足の翌年1994年に政治改革法案が成立する。この問題の多い選挙制度に対して、社会党の一部が強硬に反対したが、結局細川首相と自民党総裁河野のトップ会談で、修正合意することで決着した。しかし意外なことに、細川は二大政党制を支持しないと言う。

 ――ただ、細川さんは単純な二大政党論者ではない。国会答弁で将来は「穏健な多党制」に向かうと発言された。

 細川 その時点とその後では事情が変わりました。選挙制度が変わった。最初の政府案は小選挙区250、全国区の比例代表250でしたが、法案成立時は小選挙区300、ブロック制の比例代表200。いまは300と180。だんだん二大政党制に有利な制度になっています。

 田中 政府案の「250・250」がそのまま成立していれば、穏健な多党制を担保できたのですが。少数政党は主張が明確です。大政党にあいまいさを許さない存在になるんですよ。今の流れだと、大政党がわけの分からない烏合(うごう)の衆になります。

 ――民主党はさらに比例区の定数を80、減らそうとしている。

 細川 それはよくない。しかし民主党が今度の選挙で勝利すれば、その先は二大政党制ではなく、「穏健な多党制」に移行するのではないかという予感もある。単純小選挙区制で二大政党制のイギリスでさえ、第三党の自由民主党が力をつけ、「穏健な多党制」にシフトしつつあるのですから。

 インタビューイが語った内容とはいえ、二大政党制批判や民主党の比例定数80議席削減に反対する意見を、朝日が採り上げるのは初めてのはずだ。朝日は自らが音頭をとって論点を提出しない傾向があるので、あまり高望みは出来ないが、今後二大政党制・議員定数削減の問題について、追随するメディアが現れることを期待したい。

 また改憲については、きっぱりとこう語る。

 ――小泉さんの後の安倍政権は、「憲法改正」「占領政策からの脱却」を主張した。どう思われますか。

 細川 「ノーサンキュー」です。それだけです。

 ――宮沢さんは首相をやめる直前に番記者に語っているんです。「憲法は変えないほうがいい。二度と戦争はしちゃいけないんです」と。政権交代は構わない。自分の原点である平和、憲法は守ってほしいと。

 田中 宮沢さんは細川さんがそれを引き継いでくれると期待したんです。

 細川 宮沢さんや後藤田正晴さんなんかと一緒にやれたらおもしろかったでしょうね。

 細川としてはそうなのかもしれない。しかしこの政権の裏方だった小沢一郎は、小選挙区制と改憲をセットで考えていたのではないか。この二つは話題となった小沢の著書『日本改造計画』にはっきりと書かれている。そして、それこそが私が来るべき民主党政権に対して最も不安を覚える点なのである。



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by sea_of_sound_2008 | 2009-08-09 10:07 | 政治