公平な選挙制度を!


by sea_of_sound_2008
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 以下は Los Angeles Times に掲載された Chalmers Johnson による「もう一つの沖縄の戦い(Another battle of Okinawa)」の翻訳である。誤訳などあったらコメント欄で指摘していただきたい。
もう一つの沖縄の戦い
反対運動にもかかわらず、アメリカは新しい軍事基地を沖縄に建設する計画に固執している


May 06, 2010
チャルマーズ・ジョンソン

 沖縄の軍事基地に対する議論を巡って、合衆国は日本との同盟関係を恒久的に損なう縁《へり》にいる。この島嶼県は、日本におけるアメリカの軍事施設の四分の三を迎え入れている。ワシントンは生態的に繊細な地域にもう一つ基地を建設したがっている。沖縄の人々はそれに烈しく反対しており、先月には何万人もの人々が基地に抗議するために集まった。東京は板挟みになっており、日本の首相はアメリカの要求に屈したかのように見える。

 第二次世界大戦以来アメリカが獲得した地球を取り巻く海外の軍事基地たち――それは130ヵ国700箇所以上にのぼる――の中でも、我々が沖縄に建設したものほど悲しい歴史を持つものは希である。

 1945年には日本はもちろん敗戦した敵国だったし、それゆえ、どこにどのように基地を配置するかについて発言の機会は与えられなかった。日本本土では、我々は単純に彼らの軍事基地を引き継いだだけだった。しかし、沖縄は日本が1879年に併合するまで独立した王国であり、日本は沖縄をアメリカにとってのプエルトリコのようなものだと見なしたままだった。島は太平洋戦争における最後の大きな戦いで破壊され、アメリカは造作もなく欲しいと思った土地を整地し、住人から取り上げるか、強制的にボリビアに移住させた。

 1950年から1953年にかけて沖縄のアメリカ軍基地は朝鮮戦争を戦うために使われ、1960年代から1973年にかけてはヴェトナム戦争の期間中使われた。基地は補給基地と飛行場として提供されただけでなく、兵士たちが休息し気晴らしし、酒場と売春婦と人種差別のサブカルチャーを生み出すための場所となった。いくつかの基地の周辺では黒人と白人のアメリカ兵の喧嘩が執念深く頻発するため、二つのグループの要求を満たすために、隔離された地帯が生み出された。

 アメリカの日本占領は1952年の講和条約とともに終了したが、沖縄は1972年までアメリカ軍の植民地であり続けた。20年間もの間、基本的に沖縄の人々は国家なき民であり、日本のものであれアメリカのものであれ、パスポートも市民権も取得する資格が与えられなかった。日本が沖縄に対する統治権を取り戻した後も、アメリカ軍は数々の基地で起こることに対して、沖縄の空域に対して、支配を保ち続けた。

 1972年以来日本政府とアメリカ軍は、沖縄の人々が自分たちの未来について意見することをすっかり否定することで共謀しているが、それがゆっくりと変化しつつある。例えば1995年には、二人の海兵隊員と一人の水兵が、12才の少女を拉致し強姦した件で告訴された後、基地に反対する大規模なデモがいくつも開催された。1996年には、アメリカは宜野湾市にすっかり囲まれている普天間基地を返還する用意があることで合意したが、日本が沖縄のどこかに別の基地を代わりに建設することを条件としていた。

 そして名護市を候補とする案が生まれた(2006年の米日の合意までは正式ではなかった)。名護市は沖縄本島の東北部に位置する小さな漁村で、フロリダのマナティーに似た哺乳類、絶滅の危機に晒されているジュゴンの生息地である珊瑚礁があるところだ。そこに大規模なアメリカ海兵隊の基地を建設するには、杭打ち方式か埋め立てによって滑走路を建設しなければならないが、それは珊瑚礁を死滅させてしまう。環境保護家はずっと抗議を続けてきたが、2010年の初めには、名護市は自分の町におけるあらゆるアメリカの基地建設に反対する公約を掲げた市長を当選させた。

 2009年に政権の座に着いた日本の首相、鳩山由紀夫の勝利の一因は、合衆国に対して普天間海兵隊飛行場の撤去と全ての海兵隊の沖縄から撤退を求める公約のおかげである。しかし火曜日に彼は沖縄を訪れ、深くお辞儀するとともに、住人に対して文句を言わないようにぜひにとお願いした。

 私は鳩山の振る舞いは臆病で軽蔑すべきものだと思うが、それよりも日本人をひどくもこのような屈辱的な袋小路に追い込んだアメリカ政府の傲慢さを更に非難するものである。アメリカはそうする余裕もなければ、ますます多くのいわゆる受け入れ国が最早望んでもいない、我らが軍事基地帝国を維持することに強迫観念を抱くようになっている。私は合衆国に対して、その傲慢な態度を改めることを、普天間の海兵隊を合衆国の基地(私がその近くに住んでいるキャンプ・ペンドルトンのような)に帰還させることを、そして沖縄の人々に彼らの65年間にわたる忍耐を感謝することを強く提案したい。

原文:Los Angeles Times - Another battle of Okinawa by Chalmers Johnson

 実は「Internet Zone::WordPressでBlog生活」でこの記事の存在を知ったのだが、一通り訳し終わった後改めて同サイトを見ると GAKU さんが、ご自分の訳を投稿されていた。なんと!

 まあいいや。

 GAKU さんへ。いくつかの訳語を参考にさせてもらいました。この場を借りて感謝申し上げます。
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by sea_of_sound_2008 | 2010-05-12 17:29 | 政治
 未だに「北朝鮮の脅威」が持ち出されるのか。そう思わずにはいられない。憲法を無視してイラクに派兵する際にも、やはり「北朝鮮の脅威」が理由として、当時首相だった小泉純一郎その他の口から語られたのだった。しかもあの時派兵の露払い役を務めた岡本行夫がアメリカ軍の駐留を正当化しているらしい。同じイシュー、同じ顔。政権が変わっても構図は変わらない。
ただ、私ども、将来的に、それこそいつになるかということ、分かりませんが、将来的にはグアム、テニアンへの完全な移設ということもあり得る話かとは思っておりますが、現在の北朝鮮をはじめとする、いわゆる北東アジア情勢、あるいはアジアの情勢を鑑みたときに、やはり日米同盟を維持していく中での抑止力の観点から、沖縄のみなさん、あるいは沖縄の周辺のみなさま方に引き続いてご負担をやはり、お願いをせざるを得ないという状況になってきていることも、これは政府としても考え方として申し上げなければなりません。その意味で、私どもとして県外をさまざま模索をしてまいってきたところでございますが、やはり陸上部隊との共同訓練、あるいは共同行動というものの歩調がどうしても必要だという議論が先方からなされている中で、あまり遠いところに移設地を求めるということができないという事実も、私どもの交渉の中で出てきているところでございます。

引用元:http://www.sankei.jp.msn.com/politics/policy/100504/plc1005042103030-n2.htm
 これは脅しの連鎖だ。アメリカは日本を脅す、政府は人々を脅す、「北朝鮮の脅威」を煽り立てて。その不条理を押し付けられるのは沖縄だ。本当は「北朝鮮の脅威」を言い募る者こそが脅迫者なのだ。しかし、鳩山首相が沖縄に妥協案を持ち込むところはカメラが捉えても、アメリカと日本の間にどんなやりとりがあったのか、首相と外務官僚や防衛官僚の間にどんなやりとりがあったのかは、決してカメラに映らない。


 沖縄国際大学にアメリカ軍のヘリコプターが墜落した時のことを思い出す。確か搬送されるところをテレビで見ていたのだと思う。が、はっきりとは覚えていない。それは沖縄以外に住んでいる人にとっては、普段メディアが沖縄を、そしてアメリカをどのように伝えているのかを示すひとつの典型例だった。

c0187090_1934016.jpg 町並みは日本の他の場所と比べても変わらない。東アジア的なちょっとだけ雑然とした雰囲気だ。マンションらしき建物が見えたと思う。だがその風景の中を頭を短く刈り込んで、引き締まった体つきをしたアメリカ兵たちがぞろぞろと行くのは異様に感じられた。墜落したのは普天間基地海兵隊所属のヘリコプターCH-53D型機だ。 もちろん沖縄に住む人にとっては、その一瞬だけ映し出されたアメリカ兵がいる風景の方が現実なのだ。私はそれを見て、いつもは隠されている真実が偶然の機会によって開示されたような感慨を覚えた。それはメディアが映そうとしない沖縄の姿であり、日本の姿である。果たしてあのような「事件」に拠らずに、メディアはどれほど沖縄の姿を伝えてきたのか、私はそれを知ろうとしてきたのか。有事法制が成立した現在、同様の光景は潜在的に日本のどこであっても出現しうる。

 アメリカがカメラに写っていない時、人は基地に苛まれる沖縄のことを忘れることができる。日本がアメリカの軍事的支配を受けている事実を忘れることができる。だが、既に不公平な真実は我々の前に示されているのだ。それを存在しないかのように振る舞ったり、仕方のないことだと追認するのは、愚かであり、欺瞞であり、倫理に反する行為である。


 それにしても未だに「北朝鮮の脅威」だ。アメリカの当局は、はっきりとこの件の日本における効果を知悉しているらしい。憲法を踏みにじって違法な侵略戦争を手伝わせ、長年にわたる外国の軍隊の駐留を許し(しかもそれに莫大な金を払わせ)、あわよくば憲法を変えさせるのに多くの言葉は不要だ。2002年9月17日以来、北朝鮮と言いさえすれば日本人は何でもする。そのことをアメリカは知っている。

 それはつい最近も高校無償化からの朝鮮学校の排除という形ではっきり示されたばかりだ。

 もし人類の主観というものに一切関心のないある超越的な存在が、東アジアを俯瞰するならば、そこには彼には理解できない理由で徒党を組み、互いに武器を向け合っている奇妙な生き物たちがいるだけだ。彼がもう少し詳しく観察するならば、何故かアメリカと呼ばれる場所からはるばるとやって来てまでそれに加わっている生き物たちの存在を見て不思議がるだろう。

 主観に絡め取られた私たちは、アメリカがこの地域で軍事的存在を誇示していることを忘れている。そしてそれが北朝鮮にとってどういう意味を持つのか考えもしない。北朝鮮と日米韓の軍事力の差は圧倒的だ。かの超越的存在ならきっとこの非対称を滑稽に感じるはずだ。それは結局日本がアメリカにとって世界支配のための道具であることを忘れることになるのだ。

 「北朝鮮の脅威」とアメリカ軍の「抑止力」は全く同じものだ。言葉の違いは方言のようなものである。北朝鮮では前者は「自衛のための抑止力」と呼ばれるだろうし、後者は「我が国への脅威」と呼ばれるだろう。それにしても「抑止力」とは何という言葉だろう。「抑止力」には抑止が効かない。イラク侵略においては、墜落したヘリと同型機を含む部隊が普天間基地から派遣された。

 北朝鮮に対する政策を変え、北朝鮮そのものを変えない限り、「北朝鮮の脅威」は日本を脅迫する材料であり続ける。そうである限り、日本はアメリカの奴隷であり続ける。蓮池透は「やみくもな制裁路線」が事態を膠着させているとし、北朝鮮には「行動対行動」で望むべきだとしている(『拉致』)。

 どのメディアも鳩山首相の迷走ぶりを採り上げている。まさにその通り、首相は迷走している。だが、それを伝えるメディアは、この問題についてどのような態度を表明して来たというのだろうか。彼らは首相を批判するが、アメリカの批判はしない。アメリカの動向が問題であるにもかかわらず、アメリカが不在なのだ。

 今や全国紙や週刊誌は奇術師となった。我々の目の前で繰り広げられるのは大がかりな消失ショーだ。早期に沖縄を説得していれば県内移設で問題なかったとする読売社説。一つの段落を全て「中国の脅威」に費やしている日経社説(いかにも日経らしい)、その他、その他。「普天埋基地移設問題」について語られる論説から、当事者であるはずのアメリカの姿が消え失せている。 東京在住のメディアが自らの奴隷根性や臆病さを棚に上げ、首相の決断力不足や優柔不断さ――要するに人格ということだが――に焦点を当てつつ、問題の根本であるアメリカに向かい合おうとしないのは誤魔化しそのものだ。手品には必ず種があるのだ。しかしある意味では我々も奇術師になるべきなのだろう。沖縄から、日本からアメリカの基地を消すために。


 ところで、このような性質は死んでも治らないと思わされたのは、ワシントン・ポストのコラムニスト Al Kamen が鳩山首相をおちょくって用いた「気の触れた( loopy)」という言葉を振りかざし、倒閣に利用しようとする人々が現れたことだ(「気の触れた」は誤訳ではない。おそらく英語話者は loony を思い浮かべるはずだ)。これもまた何が写っていないのかについての話である。 「米国の核の傘で何十億ドルも節約した」と書ける人物、知識において正真正銘の無知、倫理において堕落しきったクズである人物が、日本が思いやり予算を始めとして毎年「何十億ドル countless billions 」も支払っていることなど知るはずもないし、在日コリアンを含む被爆者の苦しみなど想像するはずもないし、ましてあの首脳会談ならぬ夕食会での「10分会談」が沖縄を落胆させたことことなど知るはずもない。おちょくられたのは首相であるというより日本である。

 アメリカに逆らわないメディアがアメリカに逆らえない首相の姿を映し出す。そこに何が映し出されていないのかは明らかだ。首相は訪沖に先立って「何度でも沖縄へ行く」と語った。しかしそのような悲壮な決意を持つべき対象は沖縄ではなく、アメリカである。構図を変えよう。フレームの外に何があるのか想像することだ。枠から外れてしまったアメリカを視野に捉えようとしない限り、問題の解決はやって来ない。
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by sea_of_sound_2008 | 2010-05-11 18:55 | 政治
  私のずぼらな性格からして上手く機能するかどうかわからないが、ブログの運営についても、エントリを立てて行くことにした。自分のためのメモに近いので興味のない人は無視しよう。細かな変更を逐一記述するとは限らないのであしからず。

 「ブログの説明」を「本当のオルタナティブを支持しよう」から「公平な選挙制度を!Fair votes now!」に変えた。英語の記事からのパクリである。イギリス自民党が real alternative という言葉を使っているが、前回の説明はそれのパクリではない。自分で思いついた。
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by sea_of_sound_2008 | 2010-05-09 14:37 | 運営情報
 小選挙区制・二大政党制の支持者はこれまでイギリスの選挙制度をモデルとみなし、教条的にその移植を日本に計ってきた。患者の状態や拒絶反応は無視された。本当に移植手術が必要なのか、それとも他の治療法があるのではないかといったことさえ議論されなかった。しかしそのイギリスで今、下院総選挙の結果として選挙制度の改革が話題となっている。

c0187090_1421980.jpg 6日に行われたイギリス下院の総選挙では、保守党が労働党、イギリス自由民主党を抜いて第一党となったものの、獲得議席が過半数に達しない「ハング・パーラメント」の状態になった。しかしそのことだけでイギリスの選挙制度が動揺していると言うのではない。まず注目すべきなのは、得票率と議席数の乖離だ。

 自由民主党は 23% の得票率で 57 の議席しか獲得できなかったが、労働党は 29% の得票率で実に 258 の議席を獲得し、第一党となった保守党は 36.1% で 306 の議席を獲得している(過半数は 326 議席)。数パーセントの得票率の差が、数百もの議席の差となって現れる制度の不公平は明らかだ。 それこそが小選挙区制というものであり、イギリスが保守党と労働党の二大政党制であることは変わらないと言う人がいるかもしれない。しかしそれは制度の不公平に目をつぶる行為だ。選挙の結果はともあれ、少なくない支持を受けている政党が、議会において影響力を発揮できない状態であるのはやはり問題である。


 ここで小選挙区制が日本にもたらされた経緯を思い出そう。リクルート事件以来起こった金権政治への批判は、選挙制度の改革に利用されていった。金権政治への批判が「政治改革」という言葉に集約され、選挙制度を変えることこそが「政治改革」なのだと意味をねじ曲げて規定された。それにはマスメディアも荷担した。
 なぜそうまでして日本に小選挙区制が導入されたのか。いかに小選挙区制の功徳が説かれるにしろ、究極的には、それは戦後長く政権の座にあった自民党を倒すためならば手段を選ばないという考えに基づいている。そしてそれは広く承認されたものというよりも、特定の知識人や特定のジャーナリストの考え、つまりは特定のエスタブリッシュメントの考えである。

 1991年の『政治家の条件』で森嶋通夫はあけすけにもこう書いた。
 [政官財の癒着に終止符を打つには]中選挙区制をやめて小選挙区制にすることである。そうなれば弱小政党は抹殺されると恐れている人がいるが、確かにそうである。……しかし、このような抹殺は歓迎すべきことである。弱小政党が存亡の危機に晒されないから、野党が小異に固執して連合せず、自民党は強力な競争相手から挑戦を受けることがないのである。

森嶋通夫『政治家の条件―イギリス、EC、日本』 (Amazon)
 推測になるが、こうした考えを支持する人々は、1990年前後に起きた「社会主義の終焉」とされるもの、及び1994年の村山内閣発足に端を発する社会党の凋落を見て、ある種の転向を遂げたのではないだろうか。それは言うなれば、社会党(あるいは社民党)や日本共産党は潰れても良いから、なんとしてでもそれ以外で自民党に対抗できる政党を日本に作ろうとする考えのことである。

 そう考えると、社民党・共産党がまるで存在していないかのように取り扱う21世紀臨調の傲岸不遜な態度や、民主党を社会民主主義政党に見立てようとする山口二郎の奇矯な振る舞い(『政権交代論』)も理解できる。昨年の「政権交代」以前のマスメディアの民主党への肩入れもまた同様である。
 先日のエントリで触れた上杉隆もそうだが、社民党は今となっては政権与党なのだから、それは不公平であるだけでなく、現実から逸脱した独善である。


 そして、その打倒の対象であった自民党も今や弱体化の過程にある。最早日本でも小選挙区制を見直すべき時期が来ている。


 小選挙区制は中選挙区制と比べてクリーンな制度だと言われた。しかしいわゆる「政治と金」の問題が無くなっていないのは、小沢・鳩山の問題を見れば一目瞭然だ。「政治と金」の問題は選挙制度を変えることではなく、法律を整備する(企業団体献金の禁止などといった)ことで対処すべきであるし、対処できるのである。薬を処方すべき病に手術を施すのは良い医者ではない。

 小選挙区制は、2005年の自民党の大勝とその後の信託を受けていない政権に対しても、いくばくかの責任がある。小泉は覚醒剤のようなものだったと言われることがあるが、その違法な薬物の使用を可能にしたのは小選挙区制だ。二大政党制とはいっても、その時々には一大政党があるだけなのだ。


 また、誰もが環境を考慮しなければならないこの時代において、なぜ日本の国会に「緑の党」が議席を保持していないのかという問題がある。みどりの会議代表の中村敦夫は議員としてかなり奮闘していた人物だと私には思われるのだが、同会議は2004年に全ての議席を失い解散してしまった。

 断定的に言うことはできないが、「緑の党」の消失は小選挙区制が一因ではないのか。「緑の党」のような政党はその性格からして、大政党として単独政権を担うことは考えにくい。この「弱小政党」の「抹殺」が「歓迎すべきこと」だとはとても思われない。小選挙区制では多様な価値観に対応できない。


 小選挙区制を見直すとなると、また中選挙区制に戻るのか、それだけはごめんだという人が多い。しかし選択肢は中選挙区制ばかりではない。中選挙区制以外にも、比例代表制、小選挙区比例代表併用制(並立制ではない。比例代表制に近いとされる)等がある。

 先日細川護煕元首相がインタビューに答えたように、選挙制度はそのままにして小選挙区と比例区を同じ定数にする案なども考えられる。私はこの案に余り賛成ではないが、より少ない抵抗で実行できるのが利点だろう。


 なお、森嶋通夫は前掲書で、一度に完全小選挙区制を実施するのは困難であるから、徐々に完全小選挙区制に移行するという計画を述べている。おそらく民主党が掲げている比例区削減案は、このような考えに基づいている。比例区の削減はいずれは完全小選挙区制に移行する布石だと言うことだ。

 しかし小選挙区制を導入した意図が前述の通りである以上、その目論見は正当性を失っている。今となっては大政党が自党に利益を計ろうとすること以外にその目的を見出すのは難しい。民主主義の本義に反する姑息な比例区削減はきっぱりと諦めるべきだ。


 また、そうした選挙制度では連立政権になることが多く、第三党が力を持ちすぎたり、政権が不安定だとする人もいる。

 まず最初の意見について言うのならば、それは今回のイギリスに顕著なように、そもそも小選挙区制が得票率と獲得議席の乖離した不公平な制度だと言うことを忘れた言い分である。現在の制度では、勝者、特に第一党が過剰に力を持ち過ぎているし、敗者は影響力が無さ過ぎるのだ。これは日本のように地域と支持政党が必ずしも対応していない国において著しい結果をもたらす。

 次に連立政権の運営についても、連立政権を組む前に充分議論し、その過程を人々に公開するならば混乱は避けられる。異なるイデオロギーの政党が連立を組む場合に、何を目的にし、何を目的としないかをはっきりさせれば、政党与党の支持者もその他の有権者も納得するだろう。

 その場合、連立政権に何を望むか世論調査をしたり、公開討論会を開催したりして、どのような形で連立を組み、どのような政策を実行するのがふさわしいか議論することなどが考えられる。比例代表制その他の選挙制度に問題点がないとは言わない。しかし、それは克服可能な困難ではないだろうか。

 実はこのことは山口二郎さえ渋々ながら語っている。ほんの僅かの記述ながら前述の『政権交代論』には、比例代表制を採用するとしても、運用面でのルールである「憲政の常道」を確立するならば、その困難を乗り越えることができるだろうと読める箇所があるのだ。


 「政権交代」論者の中には、小選挙区制を改めると再び自民党に力を与えることになるという人もいるかもしれない。元々選挙制度はそのような観点から語られるべきではないのだが、そういう人には1993年の細川内閣の成立が中選挙区制の元で起こったという事実を指摘しておきたい。選挙制度が何であれ、国民から支持されない政党は下野せざるを得ない。

 昨年の民主党の勝利を「憲政史上初の政権交代」と呼びたがる人には受け入れがたいかもしれないが、これは選挙制度より支持率の方がものを言う証拠である。常識的に考えても、有権者が動かないのなら制度を変えてしまえというのはひどい思いつきではないだろうか。まして自民党が没落しつつある今となっては、この論にしがみつく訳にはいかない。


 イギリスをモデルとみなすのならば、その政治に変化が起きようとしている時、日本もまた変化を目指さなければならない。イギリス自由民主党は他党との連立の条件として、比例代表制の検討を持ちかけている。これまで「イギリス病」に罹っていた知識人やマスメディアが、こうしたイギリスにおける議論を無視するならば、それは一貫しない不誠実な態度である。

 既に新聞社の社説には、この先のイギリスの帰趨を見定めた上で小選挙区制に対する態度を決めようとする日和見がありありと見て取れる。しかしこの先のイギリスの動向が不明であっても、既に小選挙区制の不公平さは示されているのだ。

 小選挙区制のあらゆる根拠は崩れた。言い訳はごめんだ。




*なお、現在では「みどりの未来」が「みどりの会議」「緑のテーブル」の後継的存在であるらしいので、公式サイトを掲げておく。みどりの未来公式サイト(http://www.greens.gr.jp/)。
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by sea_of_sound_2008 | 2010-05-09 13:59 | 政治