公平な選挙制度を!


by sea_of_sound_2008
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 「民主党マニフェストに“ダメ出し”するのがメディアの仕事か?」と題された記事で、ジャーナリストの上杉隆が、大政党のマニフェストだけがマニフェストと呼ばれるべきであり、少数政党のものはマニフェストとは呼ばないと、以下のように主張している。これは本当だろうか?

 マニフェストは「政権公約」と訳されることからもわかる通り、政権獲得が期待される政党が、今後の数値目標や工程表などを具体的に示した上で、施政に関して有権者に約束するものである。

 そうした意味でいえば、自民党と民主党以外の政党の「マニフェスト」を、マニフェストと呼んでいいのか疑問の残るところだ。

 少なくともマニフェスト発祥の地・英国では、少数政党のそれは「マニフェスト」とは呼ばない。

引用元:http://diamond.jp/series/uesugi/10088/

 検証の為さっそくBBCのサイトで「lib dems manifesto」と検索してみると、あっさり保守党でも労働党でもない、イギリス自由民主党のマニフェストに関する記事が見つかる。ここでは二本の記事を紹介しておこう。一本目の記事では、自由民主党のマニフェストを紹介(マニフェスト自体もダウンロードできる)、二本目の記事では。それに対する人々の意見を紹介している。この上杉の主張が全くの嘘であることがわかる。

 どうやら上杉は我々の知るイギリスとは異なるイギリスを知っているらしい。たぶん時間を気にする白ウサギに導かれて不思議の世界にさ迷い込んだのだろう。

 更に付け加えると、民主党が連立政権を組む場合を想定すれば、社民党・国民新党のマニフェストも視野に入れるべきだが、この記事にそのような視点は全く無い。このような独断と偏見は、民主党への過度の傾倒と少数政党への蔑視に基づくものである。
時事 - 共通政策、8月中旬に=3野党

 民主、社民、国民新の野党3党は31日午前、国会内で幹事長や政策責任者による会合を開き、衆院選で訴える3党の「共通政策」について、8月中旬の早い段階で成案をまとめる方針を確認した。3党は与野党逆転を実現した場合、これを土台に連立政権樹立に向けた協議を進める見通しだ。

 会合には民主党の岡田克也幹事長、社民党の又市征治副党首、国民新党の亀井静香代表代行らが出席。3党がそれぞれのマニフェスト(政権公約)の内容を紹介した。又市氏は「憲法理念の実現」など四つの基本政策を説明し、「新しい連立政権の中で実現すべき政策だ」と訴えた。

引用元:http://www.jiji.com/jc/zc?k=200907/2009073100058

 また同記事は、「そもそもマニフェストは実現可能性を問うものではない」との理由で民主党を弁護する。しかし結論から言うとこれもデタラメである。
 そもそもマニフェストは、実現可能性を問うものではなく、将来の政策を示し、その達成度合いをチェックするための指針なのである。よって、メディアに期待されるのは、未来の実現可能性を問うことではなく、現実(過去の)のマニフェストの達成状況を検証することではないか。

引用元:http://diamond.jp/series/uesugi/10088/?page=3

 今度はマニフェスト選挙の主導者である「21世紀臨調」のサイトを覗いてみよう。「政権公約(マニフェスト)に関する緊急提言~新政治改革宣言・政党の立て直しと政治主導体制の確立~(pdf)」という文書には、以下の記述がある。

 また、マニフェストで具体的な数値目標などが設定されるということは、①そもそも政策の実現には財源その他の資源的裏付けが必要であること、②この資源は有限であるため、あらゆる願望をすべて実現することはおよそ不可能であること、③だからこそ、掲げた政策の実現可能性が問われるということを、国民と政党の双方に自覚してもらう効果をもつ。検証可能な具体的な目標の設定により、政党は政党間競争を通じて実現可能な政策の立案能力を鍛えられ、政権を獲得した後はその結果が厳しく検証される。

……これまで日本の政党の「選挙公約」は、国民にとっても、候補者にとっても重要視されてはこなかった。しかもその内容は、検証が不可能であるような抽象的な目標や願望を総花的にあれもこれもと羅列したものにとどまり、具体的な政権イメージを惹起できず、実現可能性は無視され、実行体制も構築されず……

 マニフェストは、①政治の機能がダイナミックな選択にあること、②政党の機能は社会の多種多様な利害・関心を複数の選択肢に集約する機能であること、③政党が掲げる政策は、資源の裏付けを含め、実現可能なものでなければならないことを明確に再認識させる。

*強調は引用者

引用元:http://www.secj.jp/pdf/20030707-1.pdf

 明らかにマニフェストは、その主導者たちによって「実現可能性」を問うためのものとして規定されているのである。「マニフェストは実現可能性を問うものではない」とする上杉の定義は、一般性を持たないローカルな「オレ定義」に過ぎない(実現可能性にこだわるマニフェスト選挙自体問題である)。

 上杉は事実に基づかない定義を振りかざして、「まだ打席にも入っていない民主党」のマニフェストを批判するよりは「長い間バッターボックスに立っていた」自民党のマニフェストを検証せよと言う。政権を獲る前から財源に固執する主張には賛同できない(というよりそれがマニフェスト選挙の弊害だ)し、その指摘も正しい。しかしこのような奇妙なレトリックを用いてまで民主党を擁護するのは、詭弁であり贔屓の引き倒しと言うべきである。

 ところで、彼自身が同連載の別の記事で書いているように、民主党は大連立という八百長試合をやりかけた政党である。「まだ打席にも入っていない民主党」ではなく「無理矢理打席に入ろうとしたことがある民主党」というべきだろう。そしてこの記事に明らかなように、少数政党はバッターボックスに立たせてもらえないどころか、ベンチ入りすらさせてもらえない。

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by sea_of_sound_2008 | 2009-08-13 18:32 | メディア
 マスメディアは自民党と民主党に報道を集中させている。本当に「民意」は自民党と民主党のみを求めているのだろうか。二大政党制を望んでいるのだろうか。世論調査は異なる事実を伝えている。


……自民と民主の政策に「はっきりとした違いがある」と思う人は28%で、「あまり違いはない」は64%に上った。「民主党政権」で日本の政治は「良くなる」は26%、「悪くなる」9%で、「変わらない」59%が最も多かった。

引用元:http://www.yomiuri.co.jp/feature/20080116-907457/news/20090704-OYT1T00747.htm

 自民党と党民主の政策に「あまり違いはない」「民主党政権で日本の政治は変わらない」が6割。「はっきりとした違いがある」「民主党政権で日本の政治は良くなる」は30%弱。

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引用元:http://www.yomiuri.co.jp/zoom/20090704-OYT9I01060.htm

 上の記事のグラフ。自民党と民主党のどちらも「これからに不安を感じる」が約8割。「これまでに失望を感じている」は過半数。これは「これからに期待している」や「これまでに満足している」に大きく差を付けている。

◆今度の総選挙で、自民と民主の二大政党以外の政党にも、勢力を伸ばしてほしいと思いますか。そうは思いませんか。

 勢力を伸ばしてほしいと思う 54
 そうは思わない       38

*改行と空白を調整

引用元:http://www.asahi.com/politics/update/0802/TKY200908020173_01.html (魚拓)

 自民党と民主党の二大政党以外の議席増を望む人が、54%で過半数。

 次の調査は去年のものだが、興味深い結果が出ているので、参考としてリンクのみ示す。


 読売の調査結果からは、人々が自民党と民主党の双方に、大きな不安感や失望感を持っていることが見て取れる。また両党に際だった違いはないし、政権交代しても大きく変わらないと認識しつつ、どちらかと言えば民主党に期待する姿が浮かび上がる。そして朝日の調査結果からは、自民党より民主党を支持しつつ、過半数が二大政党制は望まないという結果が出ている。

 こうした調査結果にもかかわらず、なぜ民主と自民だけが採り上げる価値があるとされるのだろうか。それはやはり一つの選挙区で一人しか当選しない小選挙区の存在が大きな理由だろう。二大政党の候補のどちらが勝ってどちらが負けるかに注目が集まり、第三党以下は蚊帳の外に置かれてしまう。

 かつて小選挙区制が導入された時、政府は小選挙区は「民意を集約」するものであり、比例区は「民意を反映」するものだと説明した。それに倣って言えば、現在の報道は「民意を集約」する「小選挙区型報道」と言うべきものであり、「民意を反映」するべき「比例区型報道」が無いと言える。

 それは上の世論調査も例外ではない。読売の世論調査は、自民党と民主党のみを採り上げている。朝日の世論調査も、自民党と民主党から選ばせる項目が多い。これらは勝ちそうな二人の候補のどちらかを選ばせる小選挙区の論理そのものである。

 二大政党制に回収されない「民意」がこれ程あるにもかかわらず、何故無視されるのか疑問である。需要があるのだから、それに応えれば良いではないか。単純なことだ。そうしないのは、マスメディアの主体性の問題だ。これでは世論を誘導しようとしていると言わざるを得ない。

 自公退場を望む声は強い。しかしそれが民主支持となって現れているだけでなく、自民と民主の双方を疑う視点も持ち合わせていることにも注目しなければならない。しかしこの二つの流れの内、マスメディアは前者のみを採り上げて、後者を無視し続けている。

 心配なのは今後選挙戦が盛り上がるにつれ、あるいは前評判通りに民主党が勝利した時に、「民意」は二大政党制を望んでいると既成事実化されてゆくことだ。選挙結果や報道のあり方によって「民意」が左右されることを思えば、そうなりかねない。それが選挙前の「民意」とは異なることを記しておくと同時に、そうなる前にマスメディアが、「民意」に反するこうした報道姿勢を転換することを望む。



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by sea_of_sound_2008 | 2009-08-13 16:12 | 政治
 最近細川政権のことを考えることが多い。おそらく衆院総選挙後に出現するであろう民主党政権が、どういった性格のものになるかを考える上で、示唆するものを与えてくれそうだからだ。そう思っていたところ、今日8月9日付の朝日新聞朝刊に、細川護熙元首相とその参謀役だった田中秀征のインタビューが載っていた。

 細川政権は初めてが多い政権だった。初めての非自民政権。初めて首相としてアジア・太平洋戦争を「侵略戦争、間違った戦争」と明言。初めて小選挙区制を導入。清新なイメージがあり、「政治改革」を掲げて高支持率を得た。ここから現在まで続くポスト55年体制の政治劇が始まった。

 いろいろと考えさせられるところの多いインタビューだが、今と繋がるテーマとして私が特に注目したいのは、「侵略戦争」発言、小選挙区制と二大政党制、そして改憲のことだ。

 「侵略戦争」という発言は、就任後初の記者会見でなされたものだ。しかし、その後の所信表明演説では「侵略行為」という表現に後退した。当時はどういう経緯で「侵略戦争」発言がなされたのかと、舞台裏を探られた。このインタビューでは、「もう少し言葉を尽くして説明すればよかったと思わないでもなかったが、明快に言ってしまった」と答えており、細川個人の英断があったことを窺わせる。

 ――細川さんは政権発足直後の記者会見で、先の大戦について「侵略戦争だった」と答えられました。

 細川 もう少し言葉を尽くして説明すればよかったと思わないでもなかったが、明快に言ってしまった。

 ――発言への反発、脅しとかも。

 細川 それらしきことは随分ありましたね。

 田中 大量に来たよね。血で書いたような手紙もあった。

 細川 街宣車もたくさん来た。

 田中 細川発言の延長線上で、自社さの村山政権は「侵略」や「植民地支配」を謝罪する「村山談話」を95年に出す。05年、自民党の小泉政権がそれを踏襲する「小泉談話」を出した。小泉さんは、細川さんが「侵略戦争」発言をしたとき、私に「あれでいいんだ」と言ってきました。

 細川 そうなんですか。

 そしてこの二人は、小選挙区制導入のまさに当事者であった。統一会派を組んでいた日本新党と新党さきがけは、選挙制度改革を受け入れることを条件に、他の非自民勢力と結集し政権を誕生させた。そして政権発足の翌年1994年に政治改革法案が成立する。この問題の多い選挙制度に対して、社会党の一部が強硬に反対したが、結局細川首相と自民党総裁河野のトップ会談で、修正合意することで決着した。しかし意外なことに、細川は二大政党制を支持しないと言う。

 ――ただ、細川さんは単純な二大政党論者ではない。国会答弁で将来は「穏健な多党制」に向かうと発言された。

 細川 その時点とその後では事情が変わりました。選挙制度が変わった。最初の政府案は小選挙区250、全国区の比例代表250でしたが、法案成立時は小選挙区300、ブロック制の比例代表200。いまは300と180。だんだん二大政党制に有利な制度になっています。

 田中 政府案の「250・250」がそのまま成立していれば、穏健な多党制を担保できたのですが。少数政党は主張が明確です。大政党にあいまいさを許さない存在になるんですよ。今の流れだと、大政党がわけの分からない烏合(うごう)の衆になります。

 ――民主党はさらに比例区の定数を80、減らそうとしている。

 細川 それはよくない。しかし民主党が今度の選挙で勝利すれば、その先は二大政党制ではなく、「穏健な多党制」に移行するのではないかという予感もある。単純小選挙区制で二大政党制のイギリスでさえ、第三党の自由民主党が力をつけ、「穏健な多党制」にシフトしつつあるのですから。

 インタビューイが語った内容とはいえ、二大政党制批判や民主党の比例定数80議席削減に反対する意見を、朝日が採り上げるのは初めてのはずだ。朝日は自らが音頭をとって論点を提出しない傾向があるので、あまり高望みは出来ないが、今後二大政党制・議員定数削減の問題について、追随するメディアが現れることを期待したい。

 また改憲については、きっぱりとこう語る。

 ――小泉さんの後の安倍政権は、「憲法改正」「占領政策からの脱却」を主張した。どう思われますか。

 細川 「ノーサンキュー」です。それだけです。

 ――宮沢さんは首相をやめる直前に番記者に語っているんです。「憲法は変えないほうがいい。二度と戦争はしちゃいけないんです」と。政権交代は構わない。自分の原点である平和、憲法は守ってほしいと。

 田中 宮沢さんは細川さんがそれを引き継いでくれると期待したんです。

 細川 宮沢さんや後藤田正晴さんなんかと一緒にやれたらおもしろかったでしょうね。

 細川としてはそうなのかもしれない。しかしこの政権の裏方だった小沢一郎は、小選挙区制と改憲をセットで考えていたのではないか。この二つは話題となった小沢の著書『日本改造計画』にはっきりと書かれている。そして、それこそが私が来るべき民主党政権に対して最も不安を覚える点なのである。



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by sea_of_sound_2008 | 2009-08-09 10:07 | 政治
共同声明「国会議員の定数削減に抗議する」に賛同する。

共同声明「国会議員の定数削減に抗議する」

2009年8月4日

 民主党は、7月27日に発表した衆選マニフェスト(政権公約)のなかで、「ムダづかい」削減のために衆議院比例区議員の定数80削減を提案した。
 自民党でも、定数削減を政権公約にしている。

 しかし、国会議員の定数削減は、議会制民主主義のもとにおける有権者の多様な意思の表明を困難にし、民主主義の精神を踏みにじるものであり、我々はこの提案に強く抗議する。

1. 議会制民主主義のもとでは、広範な市民の多様な意思をできるだけ的確に議会に反映させること、従ってまたこのための仕組みが極めて重要である。

2. このためには、然るべき人数の議員が必要である。
 現在の衆議院の定数、480人は決して多すぎるものではない。
 現在の選挙制度が発足した時には500人であったが、その後削減されている。

3. ヨーロッパの主要国(独、英、仏、伊)では、人口は日本の2分の1から3分の2であるが、下院議員の定数は600人前後である。
 人口10万人当たりの定数は、独で0.74人、その他では1.0人前後である。
 これに対し、日本では0.38人と極めて少ない。

4. 米国の連邦下院議員定数は、435人と少ないが、独特の大統領制である、州の権限が強い連邦国家であるなど、政治制度が日本と 著しく異なっており、比較の対象にするのは適切ではない。
 それでも、米国の議会予算は日本より大幅に多い。

5. 定数削減の目的は、これまで、民間のリストラ、国の行政改革に対応して、国会も人員、予算の節約を図る必要があるため、といわれてきたが、今回「ムダづかい」削減による財源確保が目的、とされている。
 しかし、国権の最高機関である国会の議員の在り方を、民間や一般公務員と同じように論ずることは基本的に間違っており、特に議員定数の一部を「ムダ」とみなしてその削減を財源確保の手段としていることは、到底容認できない。
 定数削減の結果、国会がまともに機能しなくなったら、民主主義が衰退してしまうことを無視している。

6. このような危険を冒してまで議員定数を削減しても、それによる予算節約はそれほど大きいものではない。
 国会の予算は、国会図書館を除くと約1,100億円である。(この他、政党助成費が321億円ある。)
 これは、一般会計予算の0.12%であり、この一部を削減しても予算の1万分の1から2程度である。
 因みに、米軍へのいわゆる「思いやり予算」は2千数百億円に上る。また、F-15戦闘機は一機100億円、F-2は120億円である。
 もちろん予算節約の努力は必要であるが、他方、国会の基本的な任務遂行に必要な予算は、民主主義のコストとして負担すべきである。

7. 定数削減は、比例区の定数削減として提案されているが、この提案には、民意をより正確に反映する比例区の定数を削減し、最終的にはこれを無くして、完全な小選挙区制に変えてしまおうという意図が窺われる。マニフェストには「政権交代が実現しやすい選挙制度とする」と記されているからである。
 ただし、専門家によると、小選挙区制では政権交代が起きる可能性が高い、ということは明瞭とはいえない。

8.小選挙区制には問題があることは広く知られているにも拘わらず、選挙制度の在り方について公に議論しないまま、定数削減によって完全な小選挙区制へと実体を変えようということは、極めて不公正、不当な政策であるといわざるをえない。

9. 小選挙区、2大政党制は、統治する立場からは好都合といわれているが、市民の立場からは、多様な民意を的確に反映させることにはならず、不公正である。
 有権者の意思を的確に反映させるためには、少数政党への投票をも尊重する比例代表制を基礎とした制度が絶対に必要である。

10. このように大きな問題があるにも拘わらず、定数削減という方針が尤もらしく聞こえ、一定の支持を得ているのは、ろくに仕事をしない議員が多すぎる、世襲議員が余りにも多い、などのためであろう。
 この状況を改めるのは、定数削減ではなく、望ましくない議員を落選させ、真っ当な人物を選ぶことである。

11. 参議院議員の定数については、今回は触れない。参議院の在り方を議論する過程で慎重に検討すべきである。
 衆参合わせて何割削減などという粗雑な議論は、問題外である。

 以上の理由により、我々は国会議員の定数削減という政策の撤回を強く求める。

「平和への結集」をめざす市民の風
http://kaze.fm/
join@kaze.fm

引用元:http://kaze.fm/wordpress/?p=276

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by sea_of_sound_2008 | 2009-08-07 07:37 | 政治

被爆64年目の一風景

 今を切り取るためにイラク侵略戦争開戦時のことを思い出そう。あの時アメリカ・ブッシュ政権は、イラクが大量破壊兵器を持っていると非難し、小泉政権はそれを全面的に支持した。大量破壊兵器は悪だ。そしてそれに対する戦争は正義だ。そう言われた。そして日本はこれに出兵した。

 その正義の戦争を担っていた田母神元自衛隊空幕長が、被爆64年目の広島で、日本会議広島という復古的・国家主義的右翼団体の援助の元に核武装論をぶち挙げた。彼はどういう人物なのか。そのイラク派兵に対して、民主主義に基づき司法が違憲であると判断した時、彼はこれを侮蔑する言葉を述べた。そして彼は日本は侵略国家ではないと主張して、過去の戦争を肯定した。

 大量破壊兵器という悪に対して正義の戦争を遂行したはずの人間が、究極の大量破壊兵器である核を肯定することは、おかしなことではないのか。民主主義を愚弄した人間が、憲法を侮蔑した人間が、表現の自由を主張することは、おかしなことではないのか。過去の戦争を肯定した人間が、まさにその戦争によって傷ついた自国の被害者を蔑ろにするのは、おかしなことではないのか。

 ここでは論理が奇妙にねじれているように見える。

 しかし、実はそうではないのだ。何故ならば、彼にしてみれば戦争する国家の力を高めるものとして核は善なるものなのであり、戦争する国家を縛るものとして憲法も民主主義も悪なのであり、戦争する国家の威信を傷つけないためには戦争は肯定されなければならないのであり、その戦争で死に傷つく国民はどうでもよいものなのだから。全ては恐ろしく一貫していて単純だ。

 これが被爆64年目の一風景である。
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by sea_of_sound_2008 | 2009-08-07 07:31
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 一票の格差の問題について提言する「一人一票実現国民会議」を紹介する。まずは以下のサイトを訪れて自分の一票が実は何票なのか知って欲しい。私もやって驚くような結果が出た。

 この格差を解消する方法は、一票の格差を合憲とする最高裁裁判官を国民審査の手続きに則って罷免することだ。

設立趣意書

 一人一票実現国民会議は、最高裁裁判官の国民審査に際し、民主主義の基盤である「一人一票」に対する最高裁の裁判官の姿勢を統治者である有権者に広く伝えることを狙いとして、各界の賛同者を得て発足いたしました。

 日本国憲法が求める民主主義は「一人一票」の選挙権を持つ有権者の多数決によって、国会が構成され、政府が運営されることです。しかし、我が国の現状はそうなっていません。一票未満の選挙権しか持たない有権者が、全有権者の過半数を占めるため、有権者のレベルの少数決で立法し、かつ行政の長たる内閣総理大臣を選んでいます。そして、その者によって任命された内閣が最高裁裁判官を任命します。

 最高裁は裁判官の過半数の意見で、国会が制定するあらゆる法律を憲法違反だとして無効にできる強力な違憲立法審査権(憲法81条)を持っています。しかし、これまで、最高裁裁判官の多数派(過半数)は、「一人一票」が実現されるようにこの強力な違憲立法審査権を行使して、公職選挙法を違憲・無効としたことはありません。

 我が国を民主主義国家に変えるには、有権者が、こうした選挙権の価値の不平等を肯定している最高裁の裁判官が誰であるのかを知ることです。有権者が、国民審査権という参政権を使い、反民主主義の現状にこれまでお墨付きを与えてきた最高裁に変革を促すことです。

引用元:http://www.ippyo.org/shuisho.html

 この問題の重要性は、一人一票になるように選挙区を是正すれば、選挙制度を改革しなくとも与野党交代が可能と言われたことでもわかる。賛同者を見ると左右混合だがこの問題にその区別は必要ないと考える。イラク戦争を支持した竹内行夫最高裁裁判官とともに、ぜひ国民審査で罷免の意志を示そう。
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by sea_of_sound_2008 | 2009-08-06 09:09 | 政治
天木直人 - 鳩山民主党外交の鍵を握る「対米自主外交」と「ルース新駐日大使」

 8月1日の朝日新聞に掲載されていた鳩山民主党代表のインタビュー記事の中で、私は鳩山民主党代表が、「対米依存ではなく、より自立を促す外交をつくる必要がある」と答えていた事に注目した。

 これこそが私が繰り返し主張してきた事だ。
 ……
 保守の対米従属外交は日本を苦しめ、左派イデオロギーの反米政策は現実的ではない。

引用元:http://www.amakiblog.com/archives/2009/08/01/

 天木直人がこのようなコラムを書いている。民主党がアメリカより国連に重心を置きたがっているのは事実だし、政権を執ったとしてアメリカから自立した外交を展開して欲しいのは私も同じ気持ちだ。しかしこの天木の見解には二つばかり誤認があるようだ。

 一つは本当に民主党がアメリカから自立した外交を展開できるのかということ、つい先日問題になった鳩山代表の非核三原則見直し発言を参照してみよう。

 民主党の鳩山代表は14日の記者会見で、日米両政府が核兵器を搭載した米艦船の寄港などを黙認する密約を交わしたとされる問題について、「非核三原則が堅持される中で、北朝鮮の問題も含め、必要性があったからこそ現実的な対応がなされてきた。(今後も)その方向で考えるべきだ」と述べた。
 ……
 密約を認めれば、「核兵器を持たず、作らず、持ち込ませず」とする「非核三原則」の見直しにつながる可能性も出てくる。この点について、鳩山氏は記者団に、「(三原則の)見直しと言ったわけではない。現実を無視はできないので、政権を取ったら日米でよく協議したい。守れるなら一番望ましい」と説明した。

引用元:http://www.yomiuri.co.jp/politics/news/20090714-OYT1T01132.htm (リンク切れ)

 このように鳩山代表は、主体的に非核三原則を堅持するというより、アメリカにお伺いを立てないと三原則を守れるかどうかは決められないと言っている。これは自立ではなく明らかに依存である。

 二つ目は「左派イデオロギーの反米政策は現実的ではない」という記述の問題。まずこの発言には根拠が示されていない。だから何をもってして「現実的でない」と断定しているのかわからない意味不明な言明なのだが、「反米政策」という珍妙な語まで使って左派(というよりほとんど共産党)を批判したいことは伝わる。

 しかしこの意見こそ現実的ではないと言うべきだ。先の鳩山発言があった後に非核三原則の厳守を訴え、その法制化を目指すとしたのは社民党である。また報道されたようにベルギーは既に非核三原則の法制化に向けて動いている。これが現実でなくて何が現実なのだろう。


 また共産党が実現を目指しているのは「自主自立の平和外交」であって「反米政策」ではない。具体的には日米安保の代わりに友好条約を結ぶと言っている。友好条約のどこが反米なのだろうか。その現実性については米軍基地を撤廃したフィリピンという先例がある。また「核兵器のない世界」を目指したプラハ演説の直後に、志位委員長がオバマ大統領に書簡を送ったことも、共産党が単純な反米ではない証拠だろう。


 左派は天木が言うようには非現実的でもないし反米でもない。左派こそアメリカからの自立に取り組んできたのに、インタビューでのちょっとした発言を採り上げて民主党をほめるのは、公平な態度ではない。むしろそうした偏見に凝り固まった天木の方こそ左派アレルギー・反共イデオロギーを抱え込んでいる。左派政党に文句をつけるのは良いが、実は批判する当人の方に問題があるという場合が多過ぎるようだ。
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by sea_of_sound_2008 | 2009-08-01 18:33 | 政治