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by sea_of_sound_2008 | 2009-08-31 00:00 | 政治
 山口二郎はこう述べている。「鳩山(由紀夫)代表は改憲論者ですが、決して反動的な改憲構想を持っているわけではない」。だが、鳩山試案の天皇条項は、「天皇を元首」と規定している。これは自民党の「新憲法草案」にも、読売の「2004年試案」にもない規定である。そして、言うまでもなく大日本帝国憲法は、天皇を元首と規定していた。これが反動でなければ、最早何ものも反動ではない。

 また鳩山試案では、国民主権を確保する上で大切な「天皇の権能」を制限する第四条が削除されている。その理由について鳩山は「連合国向けの文言であり、今日においてはあまり意味がない」としている。

 この不用意な断定には、憲法研究会が作成した「憲法草案要綱」が有力な反論となる。敗戦から日本国憲法が成立するまでの数年の間に、幾つもの民間憲法が作成され公表された。高野岩三郎が音頭をとって設立された憲法研究会による「憲法草案要綱」では、「天皇ハ国政ヲ親ラセス国政ノ一切ノ最高責任者ハ内閣トス」とされている。これは現在の第四条に近い条文だ。

 鳩山への反論の一つは、帝国憲法下における天皇制の暴走を体験した日本人の中から、自主的にこうした発想を持つ民間憲法が出て来ていたという事実である。しかも、GHQは憲法研究会の「憲法草案要綱」に大きな関心を示し、クリスマス休暇の時期に、ATIS(翻訳通訳部)に命じて翻訳を急がせている。英訳された「憲法草案要綱」を見たマイロ・ラウエル陸軍中佐は「民間の草案要綱を土台として、いくつかの点を修正し、連合国最高司令官が満足するような文書を作成することができるというのが、当時の私の意見でした」と述べている(古関彰一『日本国憲法の誕生』)。

 二つ目の反論は、憲法研究会には自由民権運動と繋がりの深い人物がいたことである。前述の高野岩三郎は自由民権の空気を吸って育った人だった。憲法研究会の要であった鈴木安蔵は治安維持法で大学を追われた後、憲法の研究や自由民権運動の研究を続け、特に私擬憲法を研究していた。鳩山は「私擬憲法のいくつかに目を通せば、往時の人々の情熱と苦悩がひしひしと伝わってくる」と、私擬憲法を高く評価している。ならば戦後の民間憲法、とりわけ自由民権運動の復権とも言える「憲法草案要綱」は尚更高く評価すべきである。

 しかし、こうした反論も鳩山には届かないだろうう。何故ならば、鳩山は「天皇陛下御即位二十年奉祝委員会」において来賓祝辞として次のように述べているからだ。

 天皇陛下御即位二十年奉祝をお祝いする議員連盟ができますが、私もその一員として、積極的に参画することをお誓い申し上げます。特に記念事業の中で来年の十一月十二日を臨時休日にしたいということでございますので、政治家としてその実現のためにがんばりたいと思います。

 改めて申し上げるまでもありませんが、天皇陛下はまさに日本の尊厳そのものだと思っております。災害の時に天皇皇后両陛下がご巡幸されることによって、多くの方々の心が安心できたわけでございます。さらには今、町村官房長官からもお話がありましたが、海外からの賓客のご接遇、或いは外国ご訪問を大変積極的にお努めになっておられます。このことも日本の尊厳を大変高からしめていると確信いたします。

 ただ残念なことに、国賓の接遇、或いは外国訪問は、憲法の中の国事行為には記されておりません。私はでき得るならば憲法改正の議論の中でこのようなことも国事行為として謳われるべきではないかと申し上げたいと思います。

 また、これはまだ民主党のなかで議論を深めたわけではございませんが、数年前に私自身の憲法私案の中で書かせて頂いたように「日本国は国民統合の象徴である天皇を元首とする民主主義国家である」と謳うべきではないかと思っております。自民党と民主党、お互いの損得を超えて、日本の未来のために果たすべき役割として、皆様方とともにこの国の繁栄に尽くして参りたく思います。

引用元:http://housyuku20.blog115.fc2.com/blog-entry-6.html

 つまり鳩山にとって第四条を削除する本当の理由は、天皇を「元首」と規定した上で、その政治的役割を強化することにある。象徴天皇制が維持されるとしても、その内実は変容し、固定化され強化される。繰り返すがこれは復古的であり、反動的である。鳩山が個人的に「まさに日本の尊厳そのもの」として天皇の在位20年を祝うのは自由である。しかし天皇在位20年を臨時の祝日とする法案には問題がある。

 憲法第一条には「天皇は、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であつて、この地位は、主権の存する日本国民の総意に基く」とある。ここで述べられているのは「天皇の地位」とその根拠である。「国民の総意」があって「日本国民統合の象徴」という「天皇の地位」があるのであって、その逆ではない。しかし、「臨時祝日法」は、この関係を逆転してしまう。「天皇の地位」の為に「国民の総意」を要求する。

 日本会議系のブログである「草莽崛起ーPRIDE OF JAPAN」によれば、「天皇陛下御即位二十年奉祝国会議員連盟」には、自民・民主を始めとする議員が超党派で参加し、天皇在位20年を臨時の祝日とする法案を成立させることで一致しているという。

 平成二十年を迎え、いよいよ天皇陛下御即位二十年奉祝運動が始まりました。

 まず、六月3日午後、国会図書館の会議室にて「天皇陛下御即位二十年奉祝国会議員連盟」の第一回世話人会が開催されました。

 自民党の島村宜伸、中山成彬、坂本剛二、船田元、臼井日出男、二階俊博、藤井孝男、鴻池祥肇各議員、民主党の鳩山由紀夫、渡辺秀央各議員、公明党の石田祝稔議員、国民新党の自見正三郎議員、そして無所属の平沼赳夫議員らが集まり、人事案と運動方針が協議されました。(参加議員はほかにもいらっしゃいます)

 まず人事案については、世話人会の総意として、森喜朗元総理を会長に推挙することを決定するとともに、世話人会代表には島村宜伸議員が就任しました。

 さらに具体的な奉祝行事の推進については実行委員会を組織し、実行委員長には平沼赳夫議員が、事務局長には衛藤晟一議員がそれぞれ就任することが決定しました。

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 運動方針についても協議され、次の五つが決議されました。

一、平成二十一年の「即位礼正殿の儀の行われた日」(平成二十一年十一月十二日)を臨時休日とする法律を早急に成立させる。
 ……
 設立総会では、日本青年会議所の小田会頭の司会のもと、町村官房長官、伊吹自民党幹事長、鳩山民主党幹事長や、日本商工会議所の山口名誉会頭、日本サッカー協会の川渕会長、女優の浅野温子さんらが祝辞を述べました。(祝辞の詳細は、『日本の息吹』で紹介の予定です)

引用元:http://prideofjapan.blog10.fc2.com/blog-entry-1507.html

また産経新聞によれば、この議連には小沢一郎も参加しているという。

 先の通常国会で廃案となった114本の法案の一つに「臨時祝日法案」がある。天皇陛下のご即位20年を記念し、国民こぞって祝うために今年11月12日を休日にするという内容だ。法案を推進してきた奉祝国会議員連盟には453人もの衆参両院議員が加盟し、民主党からも代表、鳩山由紀夫は副会長、代表代行の小沢一郎は顧問としてそれぞれ役員に名を連ねた。

 にもかかわらず、法案は葬り去られた。党内の国家観をめぐる路線対立を露見させたくないとの民主党の事情に振り回されたのだ。

引用元:http://sankei.jp.msn.com/politics/situation/090805/stt0908050014000-n1.htm (魚拓)

 自民党と民主党の大連立は、既にこうした議連の形で現実化している。しかし、この法案は憲法に照らして問題のある悪法である。国民に祝意を強制するこの法案は廃止されなければならない。
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by sea_of_sound_2008 | 2009-08-29 19:46 | 政治
 以前のエントリで書いたように、民主党は独自の「国連中心主義」を掲げている(明文改憲も視野に入れているだろうが)。それを示すものとして「横路・小沢合意」、「政権政策の基本方針」、「民主党政策集INDEX2009」を挙げたが、他に鳩山代表の改憲試案がある。鳩山試案では、「日本国は、国際連合その他……が行う平和の維持と創造のための活動に積極的に協力する」とされている。

 この民主党流の「国連中心主義」の源泉になったと思われるのは、やはり小沢一郎の『日本改造計画』である。この著書以来、小沢が一貫して独自の「国連中心主義」を唱えているのは――国連の下で自衛隊を派兵するのならば、違憲ではないという独流の憲法解釈とともに――よく知られている。15年以上前のベストセラーであるが、ここではその小沢式「国連中心主義」の可能性を検討したい。

 『日本改造計画』の「国連中心主義」の論理は次のようなものだ。国連に自衛隊を提供することは、「国権の発動」ではないから、憲法に違反しない。それどころかむしろ「国際社会において、名誉ある地位を占めたい」という憲法の理念にかなう。15年以上前のものであるにもかかわらず、小沢が今もこの論理を全く変えていないこと(例えば「世界」論文のそれ)には驚かされる。

 私は現在の憲法でも、自衛隊を国連待機軍として国連に提供し、海外の現地で活動させることができると考えている。その活動はすべて国連の方針に基づき、国連の指揮で行われるのであり、国権の発動ではないからだ。

 いうまでもなく、日本国憲法の三大法則は国民主権、基本的人権、平和主義である。そして、世界の平和を守り、「われらの安全と生存」を保持するために、世界の各国、諸国民と協力し、その活動を通じて国際社会で「名誉ある地位を占めたい」というのが、憲法前文の掲げる理念である。

 また、憲法第九条は冒頭に「正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求」すると明記している。これは、国際社会の正義と秩序を維持し、平和を守るために、日本も各国と協力して積極的に役割を果たさなければならないということである。

 では、実際にどのようにして、国際社会の正義と秩序を維持していくのか。それは世界の国々が加盟し、かつ唯一の平和機構である国連を中心とする以外にない。したがって自衛隊を国連待機軍として国連に提供し、その平和活動に参加することは、憲法前文の理念、第九条の解釈上可能であるだけでなく、むしろ、それを実践することになる。

 この活動は、第九条が禁じている国権の発動、つまり日本独自の判断による海外での武力行使とは形式上も実態上も明らかに異なる。二つは厳密に区別して考えなければならない。……

 もう一つの案として、憲法はそのままにして、平和安全保障基本法といった法律をつくることも考えられる。基本法には、すべての主権国家に固有の権利として、日本が個別的自衛権を持ち、そのための最小限度の軍事力として自衛隊を持つこと、また国連の一員として平和維持活動には積極的に協力し、そのために国連待機軍を持つことを明記する。

小沢一郎『日本改造計画』講談社、1993年、122-125頁

 この小沢の憲法解釈が、イラク派兵を決定する時の小泉と同様の、憲法のつまみ食いであることは論を俟たない。寺島実郎が共同通信の「報道と読者」委員会で、「小泉首相に『憲法前文』の引用を入れ知恵したのは誰か」と言っているが、それが誰であれ小沢のこの著書が念頭にあったのではないだろうか。ひょっとして小泉自身が『日本改造計画』を読んだのかもしれない。小沢は憲法剽窃の第一人者である。

 日本国民は「政府の行為によつて再び戦争の惨禍が起ることのないやうにすることを決意」して、「憲法を確定」したのであって、平和のために戦争するという行為は憲法の理念に反する。「国際社会の正義と秩序を維持し、平和を守るために、日本も各国と協力して積極的に役割を果たさなければならない」というのはその通りだが、憲法は非軍事的な手段でそうすることを――特に政治家に対して――求めているのである。小沢はこのことを全く理解していない。

 法学者の奥平康弘は、『日本改造計画』が発行された翌年の著書で、この小沢式「国連中心主義」に次のように反論している。その要点は、まず、国連に自衛隊を提供すること自体が「国権の発動」に他ならず、憲法九条一項に違反する。次に、国連に「戦力」を差し出すことは、「戦力の不保持」を定めた憲法九条二項に違反する、というものだ。

 第一は、「国権の発動」という第九条第一項の読み方の問題です。日本国が、自衛隊を国連もしくはその他のどこかへ「どうぞお好きなようにお使い下さい」と差し出すとしたら、そうした差し出しは、日本の意思にもとづき、日本国の名、日本国の権威(授権)によっておこなわれる国家行為であるのは疑う余地がありません。すなわち、自衛隊を他組織に差し出すという行為それ自体は、どうしても「国権の発動」という性格を帯びざるをえないのです。そして日本国は、戦争・武力行使はしないと宣言しているのですから、戦争や武力行使が当然予想されるような自衛隊差し出し行為は、憲法上禁止される「国権の発動」であるというべきなのです。……

 さて、小沢流合憲論の第二の欠陥に移りましょう。かりに百歩ゆずって、国連軍に編入された自衛隊部隊の戦闘行為は「国権の発動」でないから憲法第九条第一項との関係では合憲だとしても、「陸海空軍その他の戦力はこれを保持しない」とする第九条第二項との関係がのこっています。

 小沢さんたちは、ここで国連に差し出す自衛隊部隊はけっして「戦力」ではなくて、たんなる「実力」だと、例の実のないことばの遊びを仕掛けてくるかもしれません。……しかるに小沢さんが差し出そうと規定する自衛隊部隊は、国連待機軍なり緊急展開部隊なりが効果的におこなおうとする純粋軍事的な性格の活動に参加するものなのであって、れっきとした軍隊、まぎれもない「戦力」そのものです。……

 小沢さんが国連に差し出そうとする自衛隊は、それが国連のための「戦力」になるから差し出す意味があるわけですが、その「戦力」たるやどこの国の「戦力」かというと、これはまちがいなく日本国が保有するものなのです。しかし、憲法第九条第二項は、日本国が「戦力」を保持することを禁じています。つまり、そもそも国連へ差し出すべき「戦力」なるものを日本国は持てないのです。ないものは、本当は、誰にも差し上げるわけにはゆかないのではないでしょうか。

奥平康弘『いかそう日本国憲法』岩波ジュニア新書、1994年、111-114頁

 ところで、改めて『日本改造計画』を読んで気付かされるのは、実はその「国連中心主義」より、露骨なアメリカ中心主義である。これは奥平も指摘しているのだが、小沢は'90年代初頭の国際情勢をアメリカを軸にしてこう分析している。

 国防費削減という難題を抱えたアメリカは、これまでの「世界の警察官」としての役割を減らし、冷戦後の国際社会の実情を踏まえて「国連重視の平和戦略」ともいうべき歴史的な転換を図るのではないかと私は思う。具体的には、国連に対して軍事活動支援を行うため大規模な司令部を新設し、旅団規模の常設待機軍を国連に提供するといった政策を打ち出す可能性がある。……

 このように日本の周辺国が日本の単独行動を警戒し、最も関係を重視すべきアメリカが世界の平和維持に積極的であることを考慮すれば、日本がとるべき平和貢献の道は自ずから明らかになる。

 アメリカとの共同歩調こそ、日本が世界平和に貢献するための最も合理的かつ効率的な方策なのである。

小沢、前掲、116頁

 冷戦時代の国連は、米ソによる覇権争いの場だった。このため、双方の拒否権によって何ひとつ有効な平和維持政策をとれなかった。東西両陣営の上に浮いた存在だったといえる。ところが、ポスト冷戦の時代に入るや状況が一変した。ソ連が消滅してイデオロギー闘争が終わると、長い冬眠から覚めたかのように、国連の活動がにわかに活発化してきたのである。

 米ソの対立にともなう拒否権の乱発が姿を消したからだ。ソ連継承国家であるロシアはいまだに国内が混乱し、中国は共産主義体制を維持しているものの、基本的には西側諸国との協調路線をとっている。かつてのように西側との間で重大な意見の対立が見られなくなった。その結果、国連は必要な安全保障政策を積極的に決定できる状況になっている。

小沢、前掲、128頁

 こうした記述を見ると、小沢にとってその「国連中心主義」とは、アメリカの小判鮫となって日本の「国益」を追求しようという大国主義の現れであって、決して「恒久の平和」(憲法前文)を求めたものではない。アメリカが国連重視に傾くと予想した一人の保守政治家が、その勝ち馬に乗るついでに、長年の懸案だった海外派兵を実現させれば一挙両得だと考えただけの話である。

 そして、この認識は、国連決議の下アメリカ主導の多国籍軍がイラクを包囲・攻撃した、湾岸危機から湾岸戦争における構図に当てはまるに過ぎない。アメリカが国連を重視するようになり、新世界秩序が生まれるという小沢の推測は、アメリカのイラク侵略で大はずれしたどころか、破綻したと言っていい。

 また、見過ごせないのは、これが「失われた十年」と呼ばれることになる不況の時代が浸透する以前の、経済大国としての自負に裏打ちされていることだ。経済大国になった次には軍事的にものを言える国へ、という意識が当時の支配層にあって、それを巧みに小沢は汲み取ったのだろう。

 となると当然一つの疑問がわく。'90年代初期という特定の条件の下で成立した状況分析に基づく処方箋が、果たして今も有効なのだろうか?

 ノーム・チョムスキーは「機能するようになった国連」についてこう述べている。

 一九九〇年八月にイラクがクウェートを侵略したとき、国連安全保障理事会はイラクを非難し、過酷な経済制裁を行った。なぜ国連の反応はこれほど早く厳しかったのだろうか。米国の政府=メディア同盟は、お決まりの模範解答を与えてくれた。

 まず、政府=メディアは、イラクのクウェート攻撃が特別ひどい犯罪であるから、特別厳しい対応が必要であると我々に教えてくれた。「アメリカはこれまでと同様に、侵略に反対し、法による統治を覆すために武力を用いるものに反対する」とブッシュ大統領――パナマの侵略者であり、(米国のニカラグア攻撃に関して)「不法な武力行使」を行ったと国際司法裁判所で非難された世界唯一の国家元首――は我々に語ってくれた。……

 第二に、彼らはまた、長々とした説明の中で、国連はついに、創立時に意図されたように機能するようになったと宣伝した。彼らの主張によると、冷戦終了前は、ソ連の妨害と第三世界の甲高い反西洋のレトリックとによって、国連は機能不全におちいっていたのである。

 残念なことに、このどちらの主張も、ほんのわずかの検討の前に崩れさってしまう。米国も他の諸国も、湾岸紛争において崇高なる原則などを掲げてはいない。サダム・フセインに対する対応が前例のないほどだったのは、そのクウェート侵略が残虐だったからではなくて、単に足を踏む相手をサダムが間違えたからである。

 サダムは、湾岸戦争前、彼がまだ米国の友人で恵国待遇の貿易相手だったころも、クウェート侵略後とまったく同様に野蛮なギャングであった。クウェート侵略は確かに残虐行為であるが、米国や米国の仲間たちが犯した多くの同様の罪とくらべて特にひどいものではないばかりか、その中の最悪のいくつかには遠く及ばない。たとえば、インドネシアによる東チモール侵略と強制併合においては、米国とその同盟諸国の決定的な支援によって、民族皆殺しに近い規模の犠牲者がでた。……

 当時の米国の国連大使(現ニューヨーク選出上院議員)ダニエル・モイニハンは、東チモールに関して彼が国連で果たした役割を次のように述べている。「米国は、事態が自分の望みどおり[に]なることを望み、それを実現するために働きかけた。米国国務省は、国連が採択するすべての対応が無力であることを望んだ。この仕事には私が指名され、私はこの仕事にかなりの成功をおさめた。」……

 第二の点、すなわち、国連がついに意図されたとおりに機能しているという点については、事実は明らかであるが、がっちりと表現の手段を握っている「政治的正しさ」の監視人によって完全に隠されている。長年にわたって、国連は大国によりその機能を阻まれていたが、阻んだのは主に米国であり、ソ連や第三世界ではない。一九七〇年以降、安全保障理事会での拒否権発動数では、米国が他をはるかに引き離して第一位である(英国が二位、フランスはかなり離れて三位、ついでソ連である)。……

 国連がイラクのクウェート侵略に対応しえたのは、このときに限って米国が国連の対応を妨害しなかったからである。国連のイラクに対する経済封鎖が前例のないほど厳しいものであったのは、米国の圧力と脅迫によるものである。この経済封鎖は、例外的に効果をあげる可能性があった。というのは、それが非常に厳しいものであったと同時に、米国や英国、フランスといった封鎖破りの常連がいつもと違って経済封鎖を実行したからである。

ノーム・チョムスキー『アメリカが本当に望んでいること』現代企画室、1994年、89-93頁

 このチョムスキーのアメリカ批判は、'90年代以降の保守政治家お決まりの台詞である「湾岸戦争で日本は国際社会から非難された」と言う際の「国際社会」が、いかに大国のエゴに満ちたものであるかを、そして「国際社会」とは他ならぬアメリカであることを教えてくれる。チョムスキーの言うインドネシアの東ティモール侵略に荷担した「米国とその同盟諸国」とは、日本もその一つに数えられる。このことを忘れてはならない。

チョム:いささか個人的な話しになりますが、私が東ティモール問題について初めて国連で証言したのは25年前、1978年のことでした。証言は裏で妨害されましたが、妨害しようとしていたのは日本の大使館だということがあとでわかりました。

辺:えっ、そんなことがあったのですか。

チョム:インドネシアの友人たちが行った大量虐殺が告発されるのを防ぎたかったのです。だから日本の行いも、決してほめられたものではない。アメリカだけではないのです。

 とはいえインドネシアの東ティモ-ル政策の主な支援者はイギリスとアメリカだった。最後まで支援しつづけたのです。一度たりともやめなかった。最後には、ありとあらゆる圧制が行われていたことなど気付かなかったふりです。世論の圧力に負けて、クリントン政権は最終的にはインドネシア軍との公的な関係を断たざるをえなくなった。けれども政府は関係の再構築を欲していた。そこでいわゆる対テロ戦争を利用して、血に飢えたインドネシア軍の将軍たちと再び手を結ぼうとしているのです。彼らは主に日本とアメリカによって、虐殺の責任に関して西側の操作の手が及ばないよう、守られています。

引用元:http://www.freeml.com/chance-forum/3803

 小沢式「国連中心主義」とは、アメリカと国連が「協調」した湾岸戦争をモデルに、経済大国となった日本が、国連でアメリカの小判鮫として振る舞うことによって(常任理事国入りを視野に入れつつ)、国益を得ようとする大国志向型・軍事志向型モデルである。その意味で、「国連中心主義」というよりは、アメリカ中心主義の変種である。このモデルが今の国際情勢に通用するのかどうかは不明である。

 それでもなお小沢式「国連中心主義」が押し進められるとして、それはどの様な結果になるだろうか。チョムスキーの論述に明らかなように、国連を動かしているのは、大国、特にアメリカの利害である。小沢式「国連中心主義」は、アメリカの反対を押し切ってイスラエルを非難できるだろうか。アメリカが侵略行為を犯した場合に非難できるだろうか。

 小沢式「国連中心主義」の本義からして、それらはありそうもないことに思われる。しかし、アメリカと決別できなければ、結局「国連中心主義」はアメリカ中心主義に包摂され、「国連中心主義」と言う名のアメリカ中心主義がまかり通るだろう。いや、その前に小沢式「国連中心主義」は、アメリカから拒否すらされるかもしれない。


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by sea_of_sound_2008 | 2009-08-28 09:45 | 書籍
 まるで民主党が護憲派であるかのような表象が、メディアによってなされている。「マガジン9条」は民主党候補へのアンケートを行った。「+++ PPFV BLOG +++」で知ったのだが、そのアンケートの感想として、トップに一時次のような文章が掲載されていたようだ(Googleキャッシュに残っていたので、ローカルに保存してある。現在はもうキャッシュも見られない)。

 そこで「民主党候補者に憲法9条を問うアンケート」を実施しました。……回答はとても興味深いものです。6項目の選択肢では答えられないという「7・その他」が一番多かったというところに、民主党の現在の姿が集約されているように思われます。でもその理由を読むと、多くが「9条の意義を大切にし、安易な改正は許さない」としていることが分かります。

 民主党政権になっても、九条は守られると言いたげな文章である。同サイトは「コラムリコラム」のコーナーでも、毎日新聞のアンケート結果を引用して、「民主党の候補者たちの回答は、『マガジン9条』のアンケート結果とよく似ている。……『他の部分には問題があるが、9条は変える必要がない』という回答が多かった」と同様の主張を行っている。毎日の当該記事は以下の通りである。

選挙:衆院選 候補者アンケート分析(その1) 憲法改正でも温度差

 民主党も憲法改正に「賛成」が57%で多数派だが、自民、公明両党より低い。「反対」も24%あり、改憲派と護憲派が混在する党内事情が反映された。9条改正については「反対」66%、「賛成」17%で、公明党と同様、9条以外の改憲を支持する意見が強い。集団的自衛権の憲法解釈については「見直す必要はない」61%、「見直すべきだ」25%だった。

引用元:http://mainichi.jp/select/seiji/09shuinsen/news/20090820ddm010010124000c.html (魚拓)

 さて、民主党は九条を守る「護憲派」なのだろうか?以下それを分析するのだが、ある意味ではそうだと言える。ただし民主党特有の意味において、である。その辺りの事情を、まずは2004年3月の「横路・小沢合意」に見よう。小沢一郎と旧社会党系のリーダーである横路孝弘の政策協議の成果である。長くなるが全文引用する。要点は、九条は変えない、だが国連の下に軍を送る、この二つだ。

                        2004.3.19
日本の安全保障、国際協力の基本原則


 冷戦の時代は終焉したとはいえ、世界各地においては紛争が頻発している。世界の安全保障と国際協力について確固たる基本原則を改めて定め、確認しておくことは時代の要請でもあり、また、喫緊の課題でもある。

 私共は、我が国の安全保障及び国際協力について、この間慎重かつ精力的に検討を続けてきたが、ここに次の通りの基本原則で一致したので公表する。

<現状認識>

1.いまのままでは自衛隊は米国について世界の果てまでも行ってしまう危険性が高い。政府自民党による無原則な自衛隊の派遣に歯止めをかけなければいけない。

2.世界秩序を維持できる機能を有する機関は国連しかない。日本も国連のこの警察的機能に積極的に貢献する。

3.憲法の範囲内で国際貢献するために、専守防衛の自衛隊とは別の国際貢献部隊を作る。

4.現在国連はその機能を充分果たしていない。日本は国連の組織、機能を拡充、強化するようあらゆる機会に国際社会に働きかける。


<基本原則>

1.自衛隊は憲法9条に基づき専守防衛に徹し、国権の発動による武力行使はしないことを日本の永遠の国是とする。一方においては、日本国憲法の理念に基づき国際紛争の予防をはじめ、紛争の解決、平和の回復・創造等国際協力に全力を挙げて取り組んでいく。

2.国際社会の平和と安全の維持は国連を中心に行う。それを実現するために、日本は国連のあらゆる活動に積極的に参加する。

3.国連の平和活動への参加を円滑に実施するために、専守防衛の自衛隊とは別に、国際協力を専らとする常設の組織として「国連待機部隊(仮称)」を創設する。待機部隊の要員は自衛隊・警察・消防・医療機関等から確保する。また、特に必要があるときは自衛隊からの出向を求める。

4.将来、国連が自ら指揮する「国連軍」を創設するときは、我が国は率先してその一部として国連待機部隊を提供し、紛争の解決や平和の回復のため全面的に協力する。

5.国連軍が創設されるまでの間は、国連の安全保障理事会もしくは総会において決議が行われた場合には、国際社会の紛争の解決や平和と安全を維持、回復するために、国連憲章7章のもとで強制措置を伴う国連主導の多国籍軍に待機部隊をもって参加する。ただし、参加の有無、形態、規模等については、国内及び国際の情勢を勘案して我が国が主体的に判断する。

6.安保理常任理事国の拒否権行使等により安保理が機能しない場合は、国連総会において決議を実現するために、日本が率先して国際社会の意思統一に努力する。

以上

  2004年3月19日
                        横路孝弘

*強調は引用者

引用元:http://www.yokomichi.com/monthly_message/2004.03.19.htm

 読んで明らかなように、これは国連に名を借りた解釈改憲であり、海外派兵の恒久化である。であれば「9条の意義を大切にし、安易な改正は許さない」とすることに、なんの意味もないだろう。九条を改正しなくても、解釈改憲によって、国連の下における海外派兵は可能だと言っているのだから。

 それどころかこれは「日本国憲法の理念に基づ」いているのだという。だが、憲法の理念はただの平和主義ではない。非武装平和主義である。それをねじ曲げる「横路・小沢合意」は、つまみ食い的な解釈改憲であり、憲法理念の剽窃者であり、平和主義の簒奪者である。

 左派である横路と実力者である小沢が、党内で意見がバラバラとされる安保・憲法の点で合意したことは、おそらく大きな影響を与えただろう。「民主党の政策議論の到達点を2009年7月17日現在でまとめたもの」である「民主党政策集INDEX2009」に、この民主党流の憲法解釈が反映しているのを見ることが出来る。

自衛権の行使は専守防衛に限定
 日本国憲法の理念に基づき、日本および世界の平和を確保するために積極的な役割を果たします。自衛権は、これまでの個別的・集団的といった概念上の議論に拘泥せず、専守防衛の原則に基づき、わが国の平和と安全を直接的に脅かす急迫不正の侵害を受けた場合に限って、憲法第9条にのっとって行使することとし、それ以外では武力を行使しません。

国連平和活動への積極参加
 国連は二度にわたる大戦の反省に基づき創設された人類の大いなる財産であり、これを中心に世界の平和を築いていかなければなりません。

 国連の平和活動は、国際社会における積極的な役割を求める憲法の理念に合致し、また主権国家の自衛権行使とは性格を異にしていることから、国連憲章第41条および42条によるものも含めて、国連の要請に基づいて、わが国の主体的判断と民主的統制の下に、積極的に参加します

*強調は引用者

引用元:http://www.dpj.or.jp/policy/manifesto/seisaku2009/08.html

 国連憲章の第四十一条と第四十二条は、「平和に対する脅威、平和の破壊及び侵略行為に関する行動」を定めた第七章にある条文である。第四十二条は「国際の平和及び安全の維持又は回復に必要な空軍、海軍又は陸軍の行動をとることができる」としているのだから、明白に「武力による威嚇又は武力の行使」を禁止した憲法九条一項に違反する。これでもまだ民主党は九条を守る護憲派だろうか。

 更に指摘しておかなければならないのは、国連憲章は平和的手段による解決を大前提としていることだ。加盟国の行動原則を定めた第二条三項では、「すべての加盟国は、その国際紛争を平和的手段によつて……解決しなければならない」とし、第六章では「紛争の平和的解決」を定めている。それらの例外としてあるのが第七章なのだ。民主党は、憲法だけでなく、国連憲章もつまみ食いをしている。

 また、民主党が想定している国連憲章の第四十二条と第四十三条は、国連軍についての規定なのだが、未だに国連軍が編成されたことはない。国連決議の下に軍事的措置が行われるにしても、それは加盟国が自発的に参加する多国籍軍であり、個別的自衛権もしくは集団的自衛権の行使として参加しているのである。民主党が「個別的・集団的といった概念上の議論に拘泥せず」としているのは、自衛権の拡大を目指すものではないか。

 この問題点は、自民党系の論者によっても指摘される有様である。

 しかし問題は「国連軍」の意味であって、小沢調査会の提言と今回の小沢提言とではその内容が異なる。もしそれが国連憲章42、43条に基づく「正規の国連軍」を指すならば、小沢調査会の言うように、軍を国連に提供した後はその指揮、命令権は国連加盟国の手を離れ、安保理事会に委ねられたものとみることもできないことはない。加盟国は国連との間で特別協定を結ぶことにより、主権の一部を国連に委譲したと解することも可能だからである(ただし、わが国がこのような特別協定を結び、武力行使を目的として自衛隊を国連に派遣することについては、憲法上、疑義がある)。

 ≪多国籍軍と集団的自衛権≫

 だが、このような「正規の国連軍」はいまだ実現しておらず、これまでに編成された「国連軍」はすべて「多国籍軍」にとどまっていた。国連の指揮下にあった湾岸戦争時やイラク派遣の「国連軍」、それにNATO指揮下のISAFも全て多国籍軍である。この種の「多国籍軍」は国連決議によって一定の正当性が担保されてはいても、最終的な指揮、命令権は各国に留保されており、軍隊派遣の根拠も各国の個別的ないし集団的自衛権に基づいている。

引用元:http://sankei.jp.msn.com/politics/situation/071030/stt0710300316000-n1.htm (魚拓)

 このように民主党流の「護憲」の内実を探れば、「9条の意義を大切にし」たところで、「憲法改正でも温度差」があったところで、それが九条を守ることに役立つどころか、却って解釈改憲によって海外派兵に利用され、集団的自衛権はおそらく拡大解釈され、九条は骨抜きにされるだけだということがわかるだろう。

 「マガジン9条」も毎日新聞も、候補者にこう聞くべきだったのだ。「あなたは本当に国連の下なら派兵が合憲だと考えているのですか」と。そしてそう言う観点で見れば、「マガジン9条」の候補者アンケートの選択肢が、ほとんど無意味であることに気付かされる。

 ところで、我々は既にこのような憲法のつまみ食いを体験済みである。2003年12月、当時の小泉首相は、自衛隊派兵基本計画を閣議決定した後の記者会見において、イラク派兵を「国際社会の中で名誉ある地位を占めたいという憲法の理念にかなう」ものだと放言した。もちろんこれが噴飯ものの解釈であることは言うまでもない。だがその結果派兵は行われ、それが憲法違反だと確定するには、2008年4月の名古屋高裁の判決を待たねばならなかった。

 しかし、この決着が付いたはずの問題を巡って、民主党は小泉の後を追っている。

 民主党の直嶋正行政調会長は、「政権を担当させていただければ、作業に着手する」「状況によって憲法解釈を変えることはある」と、政権を獲れば憲法解釈を変更すると述べている。小沢は、ISAF参加は合憲と主張して話題となった「世界 2007年11月号」の論文で、「加えて貴方は、『民主党内でも意見がまとまっていない』と書いてますが……昨年末まで二ヶ月余の党内議論の末、先ほど私が述べたような方針(「政権政策の基本方針」第三章)を決定してます」と書いている。

 「政権政策の基本方針」の第三章は、前述の「民主党政策集INDEX2009」とほとんど同じものである。小沢は党内がそれでまとまっていると言っているのだ。従って民主党の「護憲」は二重に疑わしい。まず解釈改憲を容認する公算が大きい。次に党の方針に反対してまで憲法を守るかどうかわからない。イラク派兵という暴挙を断行した小泉政権と、それに続く内閣を倒すためのものだったはずの「政権交代」が、更なる解釈改憲と海外派兵の恒久化をもたらすとしたら、皮肉と言う他ない。



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by sea_of_sound_2008 | 2009-08-27 23:31 | 政治
河北新報 - 09衆院選政権選択/政策競争が歴史の扉を開く

 二大政党化の利点ばかりが強調されるが共産、社民、国民新など小政党の役割を軽視するわけにはいかない。大政党がすくい切れない環境や平和など生活に密着した政策課題を提示し、存在感をアピールしてほしい。

引用元:http://www.kahoku.co.jp/shasetsu/2009/08/20090819s01.htm (魚拓)

新潟日報 - 09衆院選 連立の在り方も考えたい

 1994年に成立した「自社さ」政権以降、国政では比較第1党の座を占める自民党を補強し、安定させる形で連立政権が続いてきた。しかし、本格的な二大政党時代を迎え、政治状況は大きな転換期にある。

 そうした時代の中で、情勢によっては小政党の政権への影響力が強さを増していく可能性がある。

 社民党と国民新党はそのことを自覚し、総選挙後に担うかもしれない責任を踏まえた対応をしてほしい。変化を見せてこそ、国民に「政権選択」選挙を実感させることになる。

 有権者もこれまで以上に連立政権の在り方に目を凝らしたい。それは二大政党制の中で政治や政策の二者択一化が進むことを防ぎ、多様性を確保することにつながるはずだ。

引用元:http://www.niigata-nippo.co.jp/editorial/index.asp?syasetsuNo=2168 (魚拓)

神戸新聞 - 二大政党化/重み増す「第三の選択肢」

 野党3党も、共通公約を公表した。

 社民党が重視する製造業派遣の原則禁止や障害者自立支援法の廃止、国民新党が党是とする郵政民営化の抜本的見直しなどを柱に据える一方、3党間で隔たりの大きい外交・安全保障政策の言及は避けた。

 社民党はマニフェスト(政権公約)で「新しい連立政権を目指す中で基本政策を実現」と明記した。しかし、かつての自社さ政権で自衛隊容認などの方針転換を重ね、「護憲」の主張がぼやけて議席を減らした苦い経験がある。改憲派が少なくない民主との連立でも、いずれぶつかる壁だろう。

 国民新党は「政権にはすり寄らない」としており、独自色を強めて影響力を行使する狙いのようだ。

 野党共闘と一線を画す共産党は「建設的野党」を宣言。民主政権が誕生すれば、後期高齢者医療制度の廃止など一致できる政策には協力するという。従来の絶対的野党から現実路線に一歩踏み込み、政権交代を党勢拡大につなげる試みといえる。

 このほか、先日結成されたみんなの党や改革クラブ、新党日本などが政界再編も視野に議席獲得を目指す。

 小選挙区制度で二大政党化が進むほど、二者択一に収まらない多様な意見をくむ「第三の選択肢」は重みを増す。その旗をしっかり掲げ、存在価値をアピールできるか。自、民以外の政党の踏ん張りが日本の議会制民主主義の在り方を左右する。

引用元:http://www.kobe-np.co.jp/shasetsu/0002240711.shtml (魚拓)

徳島新聞 - 衆院選公示 この国をどの党に託すか

 多様な国民の声を政治に反映させるには、二大政党だけではなく、他の政党の役割も重要だ。

 公明党の太田昭宏代表は「景気回復に全力を挙げ、医療、介護、子育て、若者の雇用支援に力を注ぐ」とし、共産党の志位和夫委員長は「大企業に応分の負担をさせ、軍事費削減のメスを入れる」と強調した。

 社民党の福島瑞穂党首は非核三原則の法制化や、仕事、暮らし、地域の再建を目指すとし、国民新党の綿貫民輔代表は郵政民営化の見直しを訴えた。

引用元:http://www.topics.or.jp/editorial/news/2009/08/news_125064212584.html (魚拓)

琉球新報 - 09衆院選きょう公示 選択に値する政策論争を/公約と実行力を吟味したい

少数意見どう反映
 ……有権者の間では、二大政党への関心が強まるが、判断材料が二つに一つということでは、そこから漏れてしまう少数意見が政治に反映しにくいという弊害も出てくる。

 政治への不信感は、政党や政治家の姿勢に由来する点も大きい。日ごろからこの国の針路について、真摯(しんし)に思案し、行動することで有権者の信頼を得ることができよう。

 自公連立政権の維持か交代か、政権の枠組みへの国民の高い関心が集まる。だが、自民と最大野党の民主の主張には、県民が関心を持つ外交・防衛政策などの違いが分かりにくい。2党の動向ばかりに目が奪われていては、選択肢を狭めてしまうと危惧(きぐ)する有権者もいるだろう。

 有権者は、確かな目で候補者を判別したい。そのためにも、より幅広く政党や候補者の主張に耳を傾けることで、適切な政策を見つける努力をしたい。政党や候補者は、有権者の審判に堪え得るよう具体的な施策を提示し、主張してもらいたい。

引用元:http://ryukyushimpo.jp/news/storyid-148608-storytopic-11.html (魚拓)

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by sea_of_sound_2008 | 2009-08-27 11:24 | 政治
社説:’09衆院選 政治改革 己に甘すぎないか

 今回の総選挙でも「政治改革」は争点の一つになっている。各党のマニフェストでも、公務員改革などは積極的な半面、政治家に課せられるテーマは歯切れが悪い。特に自民党は具体策に欠ける傾向が目立つ。

 世襲議員の制限は自民、民主、公明党などが具体策を提示している。いずれも、前職議員が引退などした場合、その配偶者および3親等以内の親族が同一選挙区内から立候補しても、「公認または推薦しない」方針を明示している。問題は実施時期で、民主党は09年からの適用を打ち出したが、世襲議員が多い自民党は「次回から」と、延引している。

 政治資金問題で焦点になっている企業・団体の献金、パーティー券購入を民主党は3年後に全面禁止することを明示した。相次ぐ党首脳の献金不正問題を抱えているとはいえ、この種の方針転換は歓迎したい。公明党は政治資金規正法の制裁を強化し、不正議員には公民権停止を科すよう求めている。一案だ。

 一方、自民党は、政治資金の透明性を確保する措置を「1年以内に結論を得る」にとどめ、具体策の提示を避けている。政党助成金として税金が投入されて以来、政治資金への国民の視線は一段と厳しくなっている。もっと留意すべきだ。

 政治の責任を大いに指摘したいのは国会議員の定数削減と1票の格差是正問題だ。自民党は「衆院を次回から1割以上、10年後には衆参両院で3割以上の削減を目指す」と、うたう。民主党は衆院の比例代表議席を80減らし、より小選挙区重視の選挙制度に変える方針を打ち出している。1票の格差を抜本的に是正しようと、47都道府県に1議席ずつまず配分する「基数配分」の廃止を提唱している。

 これに対し、公明党は新しい中選挙区を導入し、定数の大幅削減を行う方針を掲げ、共産党は衆院の比例代表の削減は「間違った政治」と指弾。社民党は「比例代表中心の制度への改革」と主張している。

 選挙制度の手直しは各党とも党勢に重大な影響を与える。党利党略に走りやすいが、少数意見を極力取り入れるか、政権交代を常に意識できる2大政党制を促進させるかは、「国のあり方」そのものだ。大いに論議を深めてほしい。

 早々に着手しなくてはならないのは、1票の格差是正だ。衆院は2・3倍に、参院にいたっては4・9倍にも達している。衆院は10年に1度の国勢調査の結果を踏まえ2倍以内に是正されるが、参院は是正策を設けていない。国民の基本的権利に、これほどの格差は許されない。

引用元:http://mainichi.jp/select/opinion/editorial/archive/news/20090814ddm005070053000c.html (魚拓)

 深刻な問題であるわりに、触れられることの少ない民主党の比例区議員定数削減を、採り上げたのは評価できる。一票の格差問題や他党の選挙制度について、書いているのも良い。しかし、その分民主の政策の危険性には触れられていないのは失点。
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by sea_of_sound_2008 | 2009-08-27 11:05 | 政治
二大政党制 多様な民意をどうする

 衆院選の最大の焦点は、紛れもなく政権選択。自民、民主両党ががっぷり四つに組んだ争いを展開している。わが国でも、政権交代が可能な二大政党制の時代が幕を開けたといえるかもしれない。

 とはいえ、この衆院選で定着するかは未知数だ。両党とも国民のすべての思いを代弁できるわけではない。ましてや、選挙結果によっては政界再編もありうる。

 直近の国政選挙だった2007年の参院選は民主が大勝し、自民は初めて第1党から転落した。比例代表の得票率を見ると、民主が39%、自民が28%を獲得した。一方、公明、共産、社民、新党日本、国民新党の各党は合わせて30%を超えた。

 自民が圧勝した05年の衆院選の比例代表でも、自民と民主の数字が逆転しただけで、他の5党の得票率は30%余で変わらない。この数字は極めて重い。

 有権者の価値観は多様化している。選択の基準となるテーマは経済、環境、福祉、護憲、地方など多岐にわたる。比例代表ではそれが率直に表れる。決して二者択一の枠には収まりきれない。

 二大政党の「受け皿」からこぼれ落ちる層が常にあることを思えば、多様な民意をくみ上げるシステムはあった方が良い。

 この点で選挙制度の変革には慎重であるべきだ。民主党がマニフェスト(政権公約)で、比例代表を大幅に減らそうとしていることは疑問だ。自民党も削減をうたっているが、その対象は明確にされていない。

 国民が二大政党制を望んだとしても、ゆっくりと収れんされていくべきものだろう。制度によって強引に推し進めるものではない。それは少数意見を捨てることになる。

 自民党が公明党と連立してから既に10年近くの時間がたつ。一方、民主党もこの選挙で勝てば、社民、国民新両党との連立政権をつくることを明言している。日本の政治は間違いなく連立の時代になっていく。

 小政党はそこに活路を見いだせるのではないか。少数意見を代弁しながら、連立相手の大政党の暴走をチェックする機能が期待される。自公政権では公明党がその役回りだった。

 社民党が民主党中心の政権に参加すれば、安全保障の問題は政権の火種にもなるが、内からブレーキを踏むこともできる。是々非々の「建設的野党」の立場を表明した共産党は、外から政権をチェックする道を選んだ。

 政権を争う二大政党のはざまに埋没するのか、それとも確固とした存在感を示せるのか。小政党は重大な岐路に立っている。

 この選挙で政権交代が起きたとしても、起きなかったとしても、望みたいのは国民の思いが離れれば主役の座から退場させられるという緊張感のある政治だ。

 この選挙はそうした状況をつくり出せる絶好の機会。ぜひ生かしたい。

村井康典(2009.8.20)

引用元:http://www.iwate-np.co.jp/ronsetu/y2009/m08/r0820.htm (魚拓)

 全国紙にない視点を求めて、衆院選公示前後の地方紙をかなり見て回ったのだが、はっきり言って失望した。ほとんどが「政権交代」「政権選択」「二大政党制」といったキーワードで組み立てられたものだったからだ。その中でこの岩手日報の「論説」は貴重である。

 おおざっぱな枠組みでは肯定しつつも、二大政党制にはっきりと疑念を投げかけている。以前から言われていたように、自民・民主以外に投票する人々は約三割いるのだ。「比例代表を大幅に減らそうとしていることは疑問」と民主党マニフェストを批判しているのも良い。民主党は三割もの民意を切り捨てるのかと言いたい。
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by sea_of_sound_2008 | 2009-08-27 10:33 | 政治
以下転載。
原文入力:2009-08-20午後07:02:21
ペク・ナクチョン,ベーカー,和田春樹など
‘東北アジア 平和と安全’共同声明

クォン・ヒョクチョル記者,シン・ソヨン記者

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←韓国・米国・日本の知識人 110人が20日午前、ソウル,太平路,韓国言論会館で‘東北アジアの平和と安全のための知識人共同声明’を発表している。左側からキム・サングン牧師,イム・ドンウォン ハンギョレ統一文化財団理事長,和田春樹東京大名誉教授,ペク・ナクチョン ソウル大名誉教授,エドワード・ベーカー ハーバード大ハーバードイェンチン研究所企画委員,イム・チェジョン前国会議長,イ・ソンジョン円仏教ソウル教区長。 シン・ソヨン記者viator@hani.co.kr

韓国,米国,日本の有名知識人110人が20日‘東北アジアの平和と安全のために’という題名の共同声明を発表した。これらは北韓の核実験と国連制裁などが東北アジア危機を加重させる‘強硬対応の悪循環’を防ぐために、バラク・オバマ米大統領と金正日北韓国防委員長が北朝-米対立を解消する根本的方案を用意することを促した。


ペク・ナクチョン ソウル大名誉教授,和田春樹日本東京大名誉教授,エドワード・ベーカー米国ハーバード大ハーバードイェンチン研究所企画委員など共同声明参加者らは20日午前、ソウル,太平路,韓国言論会館で記者会見を行い、最近ビル・クリントン前米大統領とヒョン・ジョンウン現代グループ会長の北韓訪問を契機に東北アジア危機に対話と妥協で対処することを訴えこのように主張した。

これらはオバマ大統領と金正日委員長に「米国と北韓は公式特使派遣を含め公開と非公開,両者と多者など形式に束縛を受けず即刻交渉を始めなければならない」として「初めの段階で相互主権の尊重を宣言すると同時に、2000年の北-米共同コミュニケを両国間対話の基準として受け入れなければならない」と注文した。

また北韓の核兵器開発を中止させるために、米国,ロシア,中国など東北アジアの核保有国らが自ら核軍縮に出て、大量破壊武器(WMD)だけでなく在来式武器まで含めた‘東北アジア軍縮会議’開催が必要だと話した。これらは韓国政府に対しては去る政府時の南北首脳間合意を尊重することを提言した。

一方、記者会見参席者らは金大中前大統領逝去を哀悼し、6・15共同宣言の意義を再確認した。共同声明提案者の1人である和田春樹名誉教授は「この日の共同声明発表は2000年南北首脳会談が開いた東北アジアの新しい時代を後退させることはあってはならないという意志の表明であり、金大中先生の遺志を継ぐことでもある」と話した。

この声明には韓国44人,米国30人,日本30人など計110人の知識人が名前を連ねた。韓国ではイム・ドンウォン ハンギョレ統一文化財団理事長,カン・マンギル高麗大名誉教授,ペク・ナクチョン ソウル大名誉教授,コ・ウン詩人,シン・ギョンニム詩人などが参加した。米国からはノオム チョムスキーM.I.T.大言語学名誉教授と世界体制論を主に主張したイマニュエル ウォルロスティン エール大特別選任研究教授などが、日本からは1994年ノーベル文学賞を受けた大江健三郎,和田春樹東京大名誉教授,著名な文学評論家であり思想家の柄谷行人などが参加した。

クォン・ヒョクチョル記者nura@hani.co.kr

原文: http://www.hani.co.kr/arti/politics/defense/372287.html 訳J.S

引用元:http://blog.livedoor.jp/hangyoreh/archives/752358.html

 こうした試みをなす知識人には、深い尊敬の念を持たずにはいられない。ほんの一欠片に過ぎなくとも、アジアの平和の礎となりますように。

 柄谷行人が出席していることは、意外なようで意外でないと思う。彼は韓国との交流があるし、政治にコミットすることも多くなったからだ。もはやただの文学評論家・思想家ではない。
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by sea_of_sound_2008 | 2009-08-27 10:07 | アジア
 自民党と民主党の両党が、マニフェストで議員定数の削減を競い合っている。民主党のマニフェストには「衆院比例区80削減」が盛り込まれた。自民党のマニフェストも「衆参両院議員の総定数3割以上の削減」を盛り込んだ。この一致は何を意味するのか。


「民意」を偽装する小選挙区制

 小選挙区比例代表並立制が採用されて以来、この国の選挙制度は「民意」を歪める装置として、また作り出す装置として働いてきた。現行の選挙制度の元で行われる選挙結果は、少数派の意思が圧縮され、多数派の意思が増幅されたものでしかない。

 なぜ現行の小選挙区制は、有権者の意思を反映しないのか。それは一つの選挙区で一人しか当選者のいない、「勝者総取り」の小選挙区を中心にしているからだ。

 小選挙区では、二位以下がどんなに票を集めていても、選ばれるのは一人の勝者であり、その他の候補への投票は、死に票となって有権者の意思は大きく切り捨てられる。得票率が過半数に満たない候補が、選ばれることも起こる。その場合、過半数の「民意」がその勝者を選ばなかったにもかかわらず、無視されることになる。

 このような特質のため、「勝つ」候補が票を集める傾向にある一方で、「勝てない」候補への投票は避けられる。政策的には他の候補を支持しているのに、「勝てない」という理由で「勝つ」候補に投票する有権者も現れる。有権者の「民意」はねじ曲げられる。

 小選挙区制は、有権者の「民意」を偽装する。

 小選挙区の弊害を補い「民意を反映」するのは、比例区だとされてきた。得票数に応じて議席が配分される比例区は、小選挙区に比べて「民意を反映」している。だが民主党案によれば、その比例区を一挙に80議席も削減するという。つまり単純小選挙区へ近づくということだ。そうなれば小選挙区の弊害は増幅される。


鳩山代表は細川内閣の官房副長官

 小選挙区制が導入された当時、政府は「民意の反映は比例代表制で補う」と答弁していた。逆に言えば小選挙区は「民意を反映」しないと認めていたのだ。その細川内閣で内閣官房副長官を務めていたのが、鳩山由紀夫である。

……政府は「民意の反映は、比例代表制で補う」と答弁した。小選挙区制に対する「民意を反映しない」という批判を否定できずに、かろうじて比例代表制を加味することで、議会制民主主義を担保できるというものであった。

引用元:http://www.jlaf.jp/iken/99/iken_990500.html

 その鳩山が代表を務める民主党が、今度は「ムダづかい」と称して衆院比例区を狙い打ちするのは、欺瞞である。鳩山は比例区削減が「民意」を切り捨てることであると理解しているはずだ。「国会議員も身を削る」等と言われているが、実際に削られるのは、国民の「民意」であり、選挙権の効果であり、意見の多様性であり、少数野党の議席である。民主党は痛まないどころか、議席占有率を高めることが出来る。

議員数の削減は改革詐欺

 民主党のマニフェストを見ると、「天下りのあっせんの全面的禁止」や「国家公務員の人件費削減」等と並んで、「衆議院の比例代表定数の80削減」が「ムダづかいをなくすための政策」、「行財政改革」とされている。これを読んだ人には「国会議員の数は多すぎる、しかもその維持に相当のお金がかかっている」といった予断が植え付けられることだろう。はっきり言って詐欺である。

 上で述べたように、1) 比例区は「民意の反映」の為の存在であり無駄ではない。2) 日本は海外と比べると、国民の数に比べて国会議員の数が多いとは言えない。国民の多様な意見を国会に届けるためには、議員はもっと多い方がいい。3) 議員を削減することで得られる予算はそれほど多くない。「土佐高知の雑記帳」の試算によると、議員を80人減らすことで浮くのは年額44億円に過ぎない。「上脇博之 ある憲法研究者の情報発信の場」の試算でも、「議員定数80を削減した場合の公金削減分」は、約54億1853万円に過ぎない。

 それでも約50億円という数字は多いと感じる人がいるかもしれないが、引用した二つのブログも指摘しているように、政党助成金は年額約320億円と文字通り桁違いだ。国会議員にかかる費用は、有権者の意志を国会に届け、民主主義を実現するためのコストであり、「ムダづかい」ではない。

 国会議員が何のためにいるのかを考えよう。国会議員は主権者である国民の代表者だ。それを減らすことは国民の権利を踏みにじることを意味する。

本当のオルタナティブがなくなる

 自民党と民主党がともに議員定数の削減を目指していることは、この二つの党が制度的に二大政党制を完成させ、少数政党を排除しようという共通目標を持ったとみなせる。これはまず両党にとって都合の良いルール作りを進めて、どうするのかは後に持ち越そうという、手続き面での暗黙の合意であるのかもしれない。実現すれば両党が基本的に一致する政策が、なし崩し的に進められる可能性がある。

 改憲や海外派兵に反対することが難しくなるだろう。財界の支配にメスを入れることが難しくなるだろう。大企業・富裕層からの再分配が難しくなるだろう。消費税増税に反対することが難しくなるだろう。特に危惧せざるを得ないのは、将来の憲法改正を見据えつつ、改憲派で議席を確保したいという狙いが透けて見える点だ。議席数は憲法改正の発議は勿論、改憲手続き法(国民投票法)の規定にも直結する。

 「政権交代」が最優先視されるこの衆院選において、改憲や消費税は大きな争点とはなっていない。にもかかわらず、ここで予め未来を方向付けるようなことを決めて良いのか大いに疑問だ。まず大政党に有利な「民意」は増幅し、そうでない「民意」は縮小するルール作りをしよう、という姿勢は間違っている。


国民は二大政党制を望んでいるか

 そもそも国民は二大政党制を望んでいるのだろうか。朝日新聞の調査では、「自民と民主の二大政党以外の政党にも勢力を伸ばしてほしい」と思う人が54%と過半数いる。去年のデータながら、読売新聞の調査では、自民党・民主党の両党に不満を感じる人がそれぞれ8割いる。7月の読売の調査も同様の傾向を示している。

 国民は積極的には二大政党制を支持していない。にもかかわらす二大政党化が進んでいるのは、最初に述べたような小選挙区制のカラクリによる。


二大政党制は「偽装された民意」

 小選挙区制が導入された当初の目的は、リクルート事件などを受けて、腐敗した金権政治をただすことにあった。国民が二大政党制のレール作りを望んで、細川政権に高い支持を与えたとは思えない。だが今や政界・財界・マスメディアがスクラムを組んで二大政党制を既成事実化しようとし、国民が二大政党制を望んでいるかのように「民意」が偽装されている。

 民主党が次の衆院選で大勝すれば、「民意」の支持があったとして、衆院比例区の削減を躊躇しないだろう。そうなれば自民党に比べて「リベラル」な政権が誕生しつつ、社共は排除されて、政治全体としては大きく右寄りになる。

 問題となるのは、今の民主党が隠している改憲や海外派兵、消費税増といった志向性だ。「政治改革」の名の下に小選挙区制を導入した細川政権のように、自民ですらやれなかったことを非自民政権がやる、という逆説が繰り返されるかもしれない。そして議員定数の削減は、そのための布石となる。

 この政治状況下で本当のオルタナティブとなるのは、社民党や共産党だ。しかし今度発表されたマニフェストは、そうした選択肢を選ぶ権利すら国民から奪おうとしている。



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by sea_of_sound_2008 | 2009-08-17 23:58 | 政治
 日本の戦後政治史を俯瞰すると、改憲に必要な3分の2以上の議席確保を目的として、保守派から小選挙区制が度々持ち出されて来たことがわかる。また小選挙区制は、二大政党制の形成による少数派の排除の道具でもあった。資料を元に、改憲と小選挙区制そして二大政党制の戦後政治史を少しばかり描き出してみたい。


1947年 / 小選挙区制と二大政党制が理想
 国民主権となって初めての総選挙が行われる。この時選挙制度は、46年の大選挙区制限連記制から、42年以前の中選挙区単記制に復帰した。この選挙法の改正における保守派の狙いは、連記制では共産党と女性が伸びると見て、それらを排除することにあった。後に保守合同の立て役者となる三木武吉は、46年の総選挙で社会党と共産党が伸びたのを見て、保守各派を連合しないと「日本は大変なことだ」と思ったという。

 植原悦二郎内相は、記者会見で「二大政党主義による政党政治の安定確立という建前により、小選挙区単記制がもっとも理想的だと思う。小党分立は民主主義の発展を阻害する。しかしこのような一足とびの態勢は直ちに[は]困難だから、まずは中選挙区単記制をとりたい」と述べていた。当時から、保守派の中に小選挙区制と二大政党制を理想とする意見があったことがわかる。

1955-1956年 / 鳩山一郎の改憲策動とその挫折
 鳩山一郎・岸信介らの民主党が憲法改正による自衛軍の創設を掲げ、分裂していた左右両派の社会党が平和憲法擁護を統一決議とするという対決的な政治状況の下で、55年2月に総選挙が行われる。選挙結果は民主党が第一党になったものの、左派社会党も議席を伸ばし、保守全体では改憲に必要な議席を獲得できなかった。

 10月には左右両派の社会党が統一大会を開いて統一し、その一ヶ月後の11月には自由党と民主党の保守合同により、自由民主党が結成される。55年体制の始まりである。保守合同の背景には、熱狂的な反共主義者だった三木武吉の仲介、左派社会党の躍進に危機感を強めた経団連・日経連・経済同友会・日本商工会議所といった財界の介在があった。

 合同を目指した第一回の政策委員会の席上で強調されたのは、「このままの政治の推移では容共社会党の天下」となるという露骨な反共主義だった。これが保守合同の本音であったが、保守政治家たちは表向きには、「二大政党論」や「政局安定」といった言葉で粉飾していた。また、自由党の側から合同を主導した緒方竹虎は、CIAの協力者だった。

 翌56年、鳩山内閣は、今度は選挙制度を変えることで改憲を謀るべく、小選挙区制法案を国会に提出する。この法案は、選挙区の区割りが自民党の現職、特に鳩山派である旧民主党系に有利なように線引きされた不平等なものだった。「ハトマンダー」と呼ばれたこの悪名高い区割りは、野党と世論のみならず、与党内部からも強い非難を浴び、結局廃案となる。これらの挫折の後、鳩山は改憲を諦めざるを得なくなる。

1960年 / 岸信介の改憲構想と60年安保
 岸信介内閣が5月19日の夜に、500人の警官隊を衆院に入れ、安保改定を強行採決したことによって、その強権ぶりが国民的な反発を招き、空前の盛り上がりを見せた60年安保闘争が起こる。岸は安保改定をテコにして小選挙区制を導入し、改憲へ向けた体制を整える構想を持っていた。

 岸はかつて二大政党制による「共産主義に対抗しうる『強力な安定政権』の確立」を望み、保守合同を推進していた。鳩山内閣では幹事長として小選挙区制の導入を計り、前述のように挫折していた。しかし、岸は小選挙区制と改憲を諦めていなかった。

 岸内閣の佐藤栄作蔵相は、58年にマッカーサー米駐日大使に合い、「共産主義と戦うために」自民党への資金援助を要請していた。50年代から60年代にかけて、CIAは数百万ドルの資金を自民党に提供していた。

 安保条約は自然承認されたが、激しい反対の声に押されて、岸は辞任せざるを得なくなり、その試みは瓦解する。

1972-1973年 / 自民党永久支配を目指した田中角栄
 田中角栄は、72年7月に内閣を発足して高い支持率を記録、9月には日中国交正常化を成し遂げる。しかし、その余勢を駆って行われた12月の衆院総選挙の結果は、振るわなかった。自民党は議席を減らす一方、社会党が議席を大きく回復、共産党は三倍近い伸びを見せた。

 自民党一党独裁の危機を感じ取った田中は、選挙制度を変えることで、支配を盤石なものにしようとした。田中内閣は73年4月から5月にかけて、衆議院の選挙制度を小選挙区並立制に変える法案を、国会に提出しようと試みる。

 自民党に極めて有利なこの法案は、野党は勿論、新聞からも大反対に遭い、挙げ句の果ては党内からも異論が噴出して、国会提出を諦めざるを得なくなる。

1989-1991年 / 「政治改革」と小選挙区制の結合
 リクルート事件が自民党を大きく動揺させる中、89年4月に竹下首相が、リクルート社から巨額の金銭を得ていたことが明るみに出て退陣する。5月には、政治腐敗をただすとの目的で自民党が設置していた政治改革委員会が、「政治改革大綱」を発表する。そこには小選挙区比例代表並立制を意味する提案が書き込まれていた。

 6月には、宇野内閣によって第八次選挙制度審議会が発足される。この審議会にはマスメディア関係者が多数含まれていた。これまで小選挙区制が導入されようとした際に、大新聞がこぞって反対して来た経緯を考慮したものだった。

 翌90年に、同審議会は海部内閣に対して小選挙区制導入を答申する。これには野党のみならず、党勢を回復していた自民党内部からも反対の声が挙がる。しかし、海部はリクルート事件で地に落ちた派閥の領袖たちの復権を阻止し、自分の内閣を継続させる目的で、「政治改革」の実現を目指した。

 91年に、選挙制度を小選挙区制へ変える法案が、国会に提出される。衆院に政治改革特別委員会が設けられ、法案が審議されたが、与野党の反対が強いと判断した委員長によって廃案となる。

1994年 / 細川内閣が小選挙区制を導入
 「政治改革」を旨とする細川内閣により、小選挙区比例代表並立制が導入される。法案は社会党の一部を始めとする強硬な反対派により、参院で否決されるが、細川と自民党総裁河野洋平のトップ会談で修正合意されることで決着した。マスメディアはこの「政治改革」を肯定的に捉えて、その内容まで踏み込んだ議論をしなかった。

 この内閣のキーバーソンであった小沢一郎は、前年に『日本改造計画』を出版して話題となっていた。この本の中では少選挙区制の導入や改憲が主張されていた。また同書では「強力なリーダーシップ」の必要性が説かれているのだが、これは小沢にとって多数派が少数派の意見を積極的に無視することを意味した。

 政権党が両院で過半数を得て法案を成立させるために一部の野党に譲歩、妥協したものを、さらに譲歩せよというわけである。……過半数が賛成している案を、少数のダダッ子がいて、その子をなだめるために、いいなりになってすべて変えてしまう。……少数者の横暴のため多数者の意志が通らなくなる。

小沢一郎『日本改造計画』講談社、1993年、24頁

 こうやって眺めると、50年代から60年代には明示的に改憲と結びついていた小選挙区制が、リクルート事件を機に、今度は「政治改革」という新たな衣を纏うことによって、それまで反対していたマスメディアを取り込みつつ、受け入れられていった過程がわかる。その試みが遂に成功したのが、94年の細川内閣においてであった。

 そして改憲手続き法(国民投票法)の成立を見た今、自民・民主の両党が揃ってマニフェストに議員定数の削減を盛り込んだことは、再び改憲志向の選挙制度改革が甦って来たように思われる。自民党は「自主憲法の制定」をマニフェストに書き込み、民主党の鳩山由紀夫代表は筋金入りの改憲論者である。

 特に民主党の定数削減案は、比例のみを削減すると明言しており、実現すれば単純小選挙区に近づくという危険性を持つ。そうなれば、改憲派が国会で多数を占めることが容易になり、本当のオルタナティブは消えてしまうだろう。


    [参照文献]
  • 後藤基夫・内田健三・石川真澄『戦後保守政治の軌跡』岩波書店
  • 石川真澄『戦後政治史 新版』岩波新書
  • 冨森叡児『戦後保守党史』岩波現代文庫
  • 原彬久『岸信介』岩波新書
  • 小熊英二『1968(上)』新曜社
  • 小沢一郎『日本改造計画』講談社
  • 山口二郎『日本政治の課題』岩波新書
  • 山口二郎『戦後政治の崩壊』岩波新書

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by sea_of_sound_2008 | 2009-08-17 23:27 | 政治