公平な選挙制度を!


by sea_of_sound_2008
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カテゴリ:雑記( 4 )

 随分昔に次のショーペンハウアーの言葉に出会って以来、愛国主義というものが何であるのかについて確信を持っている。この文章は歴史修正主義やレイシズムが跋扈する現在の日本(それは「ネット右翼」だけの狭い問題ではない)を前にしても、本質的な洞察を見せている。
 これに反して誇りのなかでも最も安っぽいのは民族的な誇りである。なぜかと言うに、民族的な誇りのこびりついた人間には誇るに足る個人としての特性が不足しているのだということが、問わず語りに暴露されているからである。

 すなわち個人としての特性が不足していなければ、何もわざわざ自分を含めた幾百万の人間が共通に具えている要素に訴えるはずがないからである。立派な個人的長所を具えた人は、自国民の欠点を常日ごろ見せつけられているのだから、この欠点をこそ最もよく認識するわけであろう。

 ところが何一つ誇りとすべきもののない憐れむべき愚者は、たまたま自分の属する民族を誇りとするという最後の手段を命の綱と頼むのである。これによって息を吹き返し、随喜感激して、自国民に具わる欠点や愚かさを何から何まで力のかぎり根かぎり弁護しようとする。

*ショーペンハウアー『幸福について』より引用。見易さのために適時改行。

 ショーペンハウアーはまた、「アレクサンダー大王は、名と追憶とが残っている。ところがプラトーンやアリストテレース、ホメーロスやホラーティウスは、今でも本人が現存し、直接に生きて働いているのである」とも言っている。

 現在まで続くある特殊な極右的思潮の源流は1990年代後半にある。「民族的な誇り」を根拠にするそれらは、19世紀に書かれたショーペンハウアーの鋭い言葉によって、生まれる以前に既に刺し殺されているし、これからも刺し殺され続けるだろう。
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by sea_of_sound_2008 | 2010-06-03 12:14 | 雑記
 「The U.S. Air Base on Okinawa」と題された下地良男さんの The New York Times への投書の存在を、最初に報道したのは琉球新報だと思います。この投書の最後の一文「How dare Mr. Obama ask Mr. Hatoyama to act without regard to the wishes of his compatriots? 」を、同紙は記事中で「よくもオバマ氏は、同胞である鳩山氏の意思を無視することができますね」と訳しています。
How dare Mr. Obama ask Mr. Hatoyama to act without regard to the wishes of his compatriots?
よくもオバマ氏は、同胞である鳩山氏の意思を無視することができますね

 私はこれは誤訳ではないかと思うのです。ところでなぜ、私がこの文章をですます調で書いているかというと、この指摘に自信がないからです。このブログの読者には、そうした事情を考慮しながらこのエントリを読んで欲しいのです。それでは原文と比較しながら、この琉球新報の訳の正当性を検討します。


 まず、全体を見て気付くのは、「ask」という動詞が全く訳文に登場していないことです。「ask one to ~」で「誰々に~するよう要求する」といった意味になりますから、この一文は取り敢えず大ざっぱに「オバマ大統領が鳩山首相に何かをするように要求する」と捉えることができます。

 そのオバマ大統領が要求している「何か」とは何でしょうか。「act without regard (無視して行動すること)」でしょう。では、無視されるのは何か。「the wishes of his compatriots」です。この「act without regard to the wishes of his compatriots」という箇所を、部品に分けつつ順番に取り上げていきましょう。


 先に「the wishes」に注目すると、琉球新報はこれを「(鳩山氏の)意志」と訳しています。しかしこの部分は複数形です。複数形なのは「the wishes」が沖縄県民のそれであるから、つまり「沖縄県民の願い」であるからではないでしょうか。鳩山氏のものであるとすれば、複数形であることの説明が付きません。

 しかも「願い(wishes)」には「the」という定冠詞がついているのです。これを「オバマに屈服こそしたが、当初は鳩山首相が持っていた願いのこと」と解釈するのは、無理があるような気がします。この投書は全体的として、沖縄県民の思いを伝えるものですから、直前の「沖縄人の圧倒的多数は(The overwhelming majority of Okinawans )…」という文から考えても、「沖縄県民の願い」と訳す方が自然でしょう。


 次に、最後の単語である「compatriots」に目を移しましょう。この単語の意味は「同国人」です。たぶん語源からしても「仲間」とか「主義主張を同じくする人」程度では使いません。日本が果たして「西側」に属しているのか、自由主義国家なのか、民主主義国家なのか、という疑問もありますが(アメリカは本当に民主主義国家なのかというより強力な疑いもありますが)、とりあえずそれは脇に置いておきましょう。

 ちなみに日本語の「同胞」はまさに「同国人」という意味ですから、「compatriots」の訳語としては適切です。しかし「compatriots」の持つ意味からすれば、「同胞である鳩山氏」というのは明らかにおかしいのではないでしょうか。それに、この単語は「compatriots」と複数形になってますね。つまり、「compatriots」とは沖縄県民のことを指していると考えられます。鳩山首相という個人を複数形では呼ばないでしょう。

 ひょっとして「同胞である鳩山氏」という表現は、「沖縄県民にとっての同胞である鳩山氏」という意味なのかもしれません。しかし、その部分の原文は「his compatriots」なのです。「his」が沖縄県民であることはありえませんから、オバマ大統領か鳩山首相を指すしかないのですが、前段で述べた二つの理由から、これは鳩山首相のことだとわかります。


 したがって「act without regard to the wishes of his compatriots」とは、「彼の同国人(沖縄県民)の願いを無視して行動すること」になると思います。最初に大まかに訳しておいた前半と合わせるならば、「オバマ大統領が鳩山首相に同国人(沖縄県民)の願いを無視して行動するように要求する」となります。

 文章を整えつつ全てを訳すならば、「よくもオバマ大統領は、鳩山首相に彼の同国人(沖縄県民)の願いを無視して行動するように、要求することができますね」です。鳩山首相に有権者の願いを裏切るように求めることは、アメリカの至上の価値である民主主義というイデオロギーに反してるのではないか、と言っているわけです。


 さて、「よくもオバマ氏は、同胞である鳩山氏の意思を無視することができますね」という訳が、誤訳であるという私の指摘が当たっているかどうかわかりません。しかし琉球新報の訳と私の訳で、この部分の文面が違っていることの説明にはなるのではないでしょうか。
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by sea_of_sound_2008 | 2010-05-31 19:52 | 雑記
 5月20日以来、「Google 翻訳」を通して「ハンギョレ」「プレシアン」等といった韓国の民主派メディアを熱心に見ることが多い。不思議なもので、正確な翻訳ではなくとも記事の趣旨は伝わるものだ(さすがに自説の補強として引用するわけにはいかないが)。先日訳した「BBC ニュース」の記事では、Lee Jae-youn という人が、今の韓国の置かれた状況のことを「悲しい状況」と呼んでいた。様々な含意を感じさせる言葉だが、機械翻訳によっても、韓国のその「悲しい状況」は伝わってくる。少なくとも、部分的には。

 ところで、それら貴重なメディアの一つ「プレシアン」が Google によって、数日前から有害指定されているようだ。検索結果から「プレシアン」を閲覧しようとすると、「このウェブサイトにアクセスすると、コンピュータに損害が生じる可能性があります」というメッセージが出るし、「Google 翻訳」を使って見ようとする場合も同様だ。

 どうしてこうなったのか私にはわからない。ただ、このことを記録しておこう。

[追記6/02]
 現在では有害サイトの警告が出ることなく「Google 翻訳」でも閲覧できるようになっている。
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by sea_of_sound_2008 | 2010-05-29 11:42 | 雑記
 7月29日に「マガジン9条」にいくつかの記事が同時にアップされたが、ここへ来て民主党に注意を呼びかける内容のものが多かった。「民主党を一人勝ちさせるな、社民・共産へ投票を」と呼びかけている本ブログとしては賛同するし嬉しいことだが、同サイトの過去の振る舞いを見ると疑問も残る。

[参照]
マガジン9条 - 解散総選挙企画「わたしの1票の理由」vol.14
マガジン9条 - 森永卓郎の戦争と平和講座 第35回
マガジン9条 - 柴田鉄治のメディア時評 09年7月29日号

 というのも彼らは2007年都知事選の時に、「都知事選挙は、投票直前の世論調査を見て、投票先を決めよう」と題して、民主と関わりが深い(違ったらごめんなさい)浅野史郎に票を集中させよとの文章を「民主党の応援団」こと山口二郎に書かせているからだ。

 その戦略自体を無碍に否定するつもりはない。それにこのサイトはネット上で有用な情報をコンスタントに提供してくれる存在として貴重だと思っている。しかし護憲を旨とする団体が今頃になって改憲政党である民主党を批判するのは(まあ小沢のISAF派遣論文への批判などあったが)なんだかなと思ったのだ。憲法九条擁護の一点で組織された団体ならどこまでも憲法九条にこだわるべきだったのではないか。民主党の改憲案「憲法提言」は2005年10月のことだし、民主党が改憲を狙う政党だというのはわかりきったことなのだ。

[参照]
マガジン9条 - 都知事選挙は、投票直前の世論調査を見て、投票先を決めよう。 (魚拓)
民主党 - 「憲法提言」を了承 民主党憲法調査会総会
民主党 - 「憲法提言」 (魚拓)

 人ごとみたいに言うのは許されないことかもしれないが、正直言って護憲派からの民主党批判が少な過ぎると思う。なぜなのか私にはわからない。護憲派すら「政権交代」ブームに巻き込まれてしまったということなのか。これまでは自民党に批判が集中していたから仕方なかったのかもしれない。しかし、今批判的な目を向けるべきなのは間違いなく民主党だ。

 実は先の都知事選の時にはあまりネットを見てなかったのだが、なぜ「共産党は手を引け」という意見ばかりだったのだろうか。そちらの方が立候補が早かったみたいだし、いっそ「吉田万三氏を当選させるために、浅野史郎氏は辞退を」とか「民主党は吉田万三氏を全面支援せよ、それが本当の野党共闘」とかいう意見はなかったようだ。不思議なことである。

 「憲法九条は守りたい。石原慎太郎は嫌いである。そんな自分はリベラルだ。でも共産党はいや」という人がいるのだろう。どの政党を支持するかはその人の自由であるし私も共産党に問題がないとは言わないが、それはもう共産党の問題ではなくその人の問題だ。戦略的投票とか言うくらいなら、例え嫌いでも護憲のために共産党(もしくは社民党)に投票してください。

 その山口はやはり同サイトの別の記事で「自公政権よりも民主党政権ができたほうが9条改憲の流れが加速するのではないか、という不安が護憲派の一部にあるようですが、そんなことはありません」と民主党への留保無き支持を表明しているが、理解不能である。護憲のためには護憲政党が伸びるのが一番に決まっているではないか!「『自公』も『民主・社民・国民新』のどちらも過半数を取れないとき……大連立構想という亡霊が蘇ってくるでしょう」と有権者を恫喝するに至っては笑止。著書から判断するにこの人は「民主党の応援団」であるとともに「反共」の人である。単に個人的な理由で社民・共産はこの人の選択肢ではないというだけではないのか。民主党絶対主義の彼には無理だろうが、どうせなら「護憲のために社民・共産党で過半数を」ぐらいのことは言って欲しいものだ。

 ところで、「花・髪切と思考の浮游空間」がそんな山口の姿勢を皮肉っているので紹介しておきたい。このエントリは「政権交代」論者の馬鹿げた側面を良く表していると思う。

[参照]
マガジン9条 - 今度の総選挙、「護憲派」はどう考える?どこに入れる?(山口二郎さんの意見)
花・髪切と思考の浮游空間 - 何が変わるか不明だが政権交代?!- 山口二郎 (魚拓)

 以上、まとまりのない内容になったが、衆院選直前のスナップとして記しておく(まあ都知事選のことや山口二郎のことなども書いて愚痴のようになってしまったが)。繰り返しになるが、今からでも民主党批判は遅くないので色んなところにやって欲しい。私もいくつかエントリを準備中だ。
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by sea_of_sound_2008 | 2009-07-31 19:06 | 雑記