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by sea_of_sound_2008
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2010年 05月 11日 ( 1 )

 未だに「北朝鮮の脅威」が持ち出されるのか。そう思わずにはいられない。憲法を無視してイラクに派兵する際にも、やはり「北朝鮮の脅威」が理由として、当時首相だった小泉純一郎その他の口から語られたのだった。しかもあの時派兵の露払い役を務めた岡本行夫がアメリカ軍の駐留を正当化しているらしい。同じイシュー、同じ顔。政権が変わっても構図は変わらない。
ただ、私ども、将来的に、それこそいつになるかということ、分かりませんが、将来的にはグアム、テニアンへの完全な移設ということもあり得る話かとは思っておりますが、現在の北朝鮮をはじめとする、いわゆる北東アジア情勢、あるいはアジアの情勢を鑑みたときに、やはり日米同盟を維持していく中での抑止力の観点から、沖縄のみなさん、あるいは沖縄の周辺のみなさま方に引き続いてご負担をやはり、お願いをせざるを得ないという状況になってきていることも、これは政府としても考え方として申し上げなければなりません。その意味で、私どもとして県外をさまざま模索をしてまいってきたところでございますが、やはり陸上部隊との共同訓練、あるいは共同行動というものの歩調がどうしても必要だという議論が先方からなされている中で、あまり遠いところに移設地を求めるということができないという事実も、私どもの交渉の中で出てきているところでございます。

引用元:http://www.sankei.jp.msn.com/politics/policy/100504/plc1005042103030-n2.htm
 これは脅しの連鎖だ。アメリカは日本を脅す、政府は人々を脅す、「北朝鮮の脅威」を煽り立てて。その不条理を押し付けられるのは沖縄だ。本当は「北朝鮮の脅威」を言い募る者こそが脅迫者なのだ。しかし、鳩山首相が沖縄に妥協案を持ち込むところはカメラが捉えても、アメリカと日本の間にどんなやりとりがあったのか、首相と外務官僚や防衛官僚の間にどんなやりとりがあったのかは、決してカメラに映らない。


 沖縄国際大学にアメリカ軍のヘリコプターが墜落した時のことを思い出す。確か搬送されるところをテレビで見ていたのだと思う。が、はっきりとは覚えていない。それは沖縄以外に住んでいる人にとっては、普段メディアが沖縄を、そしてアメリカをどのように伝えているのかを示すひとつの典型例だった。

c0187090_1934016.jpg 町並みは日本の他の場所と比べても変わらない。東アジア的なちょっとだけ雑然とした雰囲気だ。マンションらしき建物が見えたと思う。だがその風景の中を頭を短く刈り込んで、引き締まった体つきをしたアメリカ兵たちがぞろぞろと行くのは異様に感じられた。墜落したのは普天間基地海兵隊所属のヘリコプターCH-53D型機だ。 もちろん沖縄に住む人にとっては、その一瞬だけ映し出されたアメリカ兵がいる風景の方が現実なのだ。私はそれを見て、いつもは隠されている真実が偶然の機会によって開示されたような感慨を覚えた。それはメディアが映そうとしない沖縄の姿であり、日本の姿である。果たしてあのような「事件」に拠らずに、メディアはどれほど沖縄の姿を伝えてきたのか、私はそれを知ろうとしてきたのか。有事法制が成立した現在、同様の光景は潜在的に日本のどこであっても出現しうる。

 アメリカがカメラに写っていない時、人は基地に苛まれる沖縄のことを忘れることができる。日本がアメリカの軍事的支配を受けている事実を忘れることができる。だが、既に不公平な真実は我々の前に示されているのだ。それを存在しないかのように振る舞ったり、仕方のないことだと追認するのは、愚かであり、欺瞞であり、倫理に反する行為である。


 それにしても未だに「北朝鮮の脅威」だ。アメリカの当局は、はっきりとこの件の日本における効果を知悉しているらしい。憲法を踏みにじって違法な侵略戦争を手伝わせ、長年にわたる外国の軍隊の駐留を許し(しかもそれに莫大な金を払わせ)、あわよくば憲法を変えさせるのに多くの言葉は不要だ。2002年9月17日以来、北朝鮮と言いさえすれば日本人は何でもする。そのことをアメリカは知っている。

 それはつい最近も高校無償化からの朝鮮学校の排除という形ではっきり示されたばかりだ。

 もし人類の主観というものに一切関心のないある超越的な存在が、東アジアを俯瞰するならば、そこには彼には理解できない理由で徒党を組み、互いに武器を向け合っている奇妙な生き物たちがいるだけだ。彼がもう少し詳しく観察するならば、何故かアメリカと呼ばれる場所からはるばるとやって来てまでそれに加わっている生き物たちの存在を見て不思議がるだろう。

 主観に絡め取られた私たちは、アメリカがこの地域で軍事的存在を誇示していることを忘れている。そしてそれが北朝鮮にとってどういう意味を持つのか考えもしない。北朝鮮と日米韓の軍事力の差は圧倒的だ。かの超越的存在ならきっとこの非対称を滑稽に感じるはずだ。それは結局日本がアメリカにとって世界支配のための道具であることを忘れることになるのだ。

 「北朝鮮の脅威」とアメリカ軍の「抑止力」は全く同じものだ。言葉の違いは方言のようなものである。北朝鮮では前者は「自衛のための抑止力」と呼ばれるだろうし、後者は「我が国への脅威」と呼ばれるだろう。それにしても「抑止力」とは何という言葉だろう。「抑止力」には抑止が効かない。イラク侵略においては、墜落したヘリと同型機を含む部隊が普天間基地から派遣された。

 北朝鮮に対する政策を変え、北朝鮮そのものを変えない限り、「北朝鮮の脅威」は日本を脅迫する材料であり続ける。そうである限り、日本はアメリカの奴隷であり続ける。蓮池透は「やみくもな制裁路線」が事態を膠着させているとし、北朝鮮には「行動対行動」で望むべきだとしている(『拉致』)。

 どのメディアも鳩山首相の迷走ぶりを採り上げている。まさにその通り、首相は迷走している。だが、それを伝えるメディアは、この問題についてどのような態度を表明して来たというのだろうか。彼らは首相を批判するが、アメリカの批判はしない。アメリカの動向が問題であるにもかかわらず、アメリカが不在なのだ。

 今や全国紙や週刊誌は奇術師となった。我々の目の前で繰り広げられるのは大がかりな消失ショーだ。早期に沖縄を説得していれば県内移設で問題なかったとする読売社説。一つの段落を全て「中国の脅威」に費やしている日経社説(いかにも日経らしい)、その他、その他。「普天埋基地移設問題」について語られる論説から、当事者であるはずのアメリカの姿が消え失せている。 東京在住のメディアが自らの奴隷根性や臆病さを棚に上げ、首相の決断力不足や優柔不断さ――要するに人格ということだが――に焦点を当てつつ、問題の根本であるアメリカに向かい合おうとしないのは誤魔化しそのものだ。手品には必ず種があるのだ。しかしある意味では我々も奇術師になるべきなのだろう。沖縄から、日本からアメリカの基地を消すために。


 ところで、このような性質は死んでも治らないと思わされたのは、ワシントン・ポストのコラムニスト Al Kamen が鳩山首相をおちょくって用いた「気の触れた( loopy)」という言葉を振りかざし、倒閣に利用しようとする人々が現れたことだ(「気の触れた」は誤訳ではない。おそらく英語話者は loony を思い浮かべるはずだ)。これもまた何が写っていないのかについての話である。 「米国の核の傘で何十億ドルも節約した」と書ける人物、知識において正真正銘の無知、倫理において堕落しきったクズである人物が、日本が思いやり予算を始めとして毎年「何十億ドル countless billions 」も支払っていることなど知るはずもないし、在日コリアンを含む被爆者の苦しみなど想像するはずもないし、ましてあの首脳会談ならぬ夕食会での「10分会談」が沖縄を落胆させたことことなど知るはずもない。おちょくられたのは首相であるというより日本である。

 アメリカに逆らわないメディアがアメリカに逆らえない首相の姿を映し出す。そこに何が映し出されていないのかは明らかだ。首相は訪沖に先立って「何度でも沖縄へ行く」と語った。しかしそのような悲壮な決意を持つべき対象は沖縄ではなく、アメリカである。構図を変えよう。フレームの外に何があるのか想像することだ。枠から外れてしまったアメリカを視野に捉えようとしない限り、問題の解決はやって来ない。
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by sea_of_sound_2008 | 2010-05-11 18:55 | 政治