公平な選挙制度を!


by sea_of_sound_2008
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2009年 08月 13日 ( 2 )

 「民主党マニフェストに“ダメ出し”するのがメディアの仕事か?」と題された記事で、ジャーナリストの上杉隆が、大政党のマニフェストだけがマニフェストと呼ばれるべきであり、少数政党のものはマニフェストとは呼ばないと、以下のように主張している。これは本当だろうか?

 マニフェストは「政権公約」と訳されることからもわかる通り、政権獲得が期待される政党が、今後の数値目標や工程表などを具体的に示した上で、施政に関して有権者に約束するものである。

 そうした意味でいえば、自民党と民主党以外の政党の「マニフェスト」を、マニフェストと呼んでいいのか疑問の残るところだ。

 少なくともマニフェスト発祥の地・英国では、少数政党のそれは「マニフェスト」とは呼ばない。

引用元:http://diamond.jp/series/uesugi/10088/

 検証の為さっそくBBCのサイトで「lib dems manifesto」と検索してみると、あっさり保守党でも労働党でもない、イギリス自由民主党のマニフェストに関する記事が見つかる。ここでは二本の記事を紹介しておこう。一本目の記事では、自由民主党のマニフェストを紹介(マニフェスト自体もダウンロードできる)、二本目の記事では。それに対する人々の意見を紹介している。この上杉の主張が全くの嘘であることがわかる。

 どうやら上杉は我々の知るイギリスとは異なるイギリスを知っているらしい。たぶん時間を気にする白ウサギに導かれて不思議の世界にさ迷い込んだのだろう。

 更に付け加えると、民主党が連立政権を組む場合を想定すれば、社民党・国民新党のマニフェストも視野に入れるべきだが、この記事にそのような視点は全く無い。このような独断と偏見は、民主党への過度の傾倒と少数政党への蔑視に基づくものである。
時事 - 共通政策、8月中旬に=3野党

 民主、社民、国民新の野党3党は31日午前、国会内で幹事長や政策責任者による会合を開き、衆院選で訴える3党の「共通政策」について、8月中旬の早い段階で成案をまとめる方針を確認した。3党は与野党逆転を実現した場合、これを土台に連立政権樹立に向けた協議を進める見通しだ。

 会合には民主党の岡田克也幹事長、社民党の又市征治副党首、国民新党の亀井静香代表代行らが出席。3党がそれぞれのマニフェスト(政権公約)の内容を紹介した。又市氏は「憲法理念の実現」など四つの基本政策を説明し、「新しい連立政権の中で実現すべき政策だ」と訴えた。

引用元:http://www.jiji.com/jc/zc?k=200907/2009073100058

 また同記事は、「そもそもマニフェストは実現可能性を問うものではない」との理由で民主党を弁護する。しかし結論から言うとこれもデタラメである。
 そもそもマニフェストは、実現可能性を問うものではなく、将来の政策を示し、その達成度合いをチェックするための指針なのである。よって、メディアに期待されるのは、未来の実現可能性を問うことではなく、現実(過去の)のマニフェストの達成状況を検証することではないか。

引用元:http://diamond.jp/series/uesugi/10088/?page=3

 今度はマニフェスト選挙の主導者である「21世紀臨調」のサイトを覗いてみよう。「政権公約(マニフェスト)に関する緊急提言~新政治改革宣言・政党の立て直しと政治主導体制の確立~(pdf)」という文書には、以下の記述がある。

 また、マニフェストで具体的な数値目標などが設定されるということは、①そもそも政策の実現には財源その他の資源的裏付けが必要であること、②この資源は有限であるため、あらゆる願望をすべて実現することはおよそ不可能であること、③だからこそ、掲げた政策の実現可能性が問われるということを、国民と政党の双方に自覚してもらう効果をもつ。検証可能な具体的な目標の設定により、政党は政党間競争を通じて実現可能な政策の立案能力を鍛えられ、政権を獲得した後はその結果が厳しく検証される。

……これまで日本の政党の「選挙公約」は、国民にとっても、候補者にとっても重要視されてはこなかった。しかもその内容は、検証が不可能であるような抽象的な目標や願望を総花的にあれもこれもと羅列したものにとどまり、具体的な政権イメージを惹起できず、実現可能性は無視され、実行体制も構築されず……

 マニフェストは、①政治の機能がダイナミックな選択にあること、②政党の機能は社会の多種多様な利害・関心を複数の選択肢に集約する機能であること、③政党が掲げる政策は、資源の裏付けを含め、実現可能なものでなければならないことを明確に再認識させる。

*強調は引用者

引用元:http://www.secj.jp/pdf/20030707-1.pdf

 明らかにマニフェストは、その主導者たちによって「実現可能性」を問うためのものとして規定されているのである。「マニフェストは実現可能性を問うものではない」とする上杉の定義は、一般性を持たないローカルな「オレ定義」に過ぎない(実現可能性にこだわるマニフェスト選挙自体問題である)。

 上杉は事実に基づかない定義を振りかざして、「まだ打席にも入っていない民主党」のマニフェストを批判するよりは「長い間バッターボックスに立っていた」自民党のマニフェストを検証せよと言う。政権を獲る前から財源に固執する主張には賛同できない(というよりそれがマニフェスト選挙の弊害だ)し、その指摘も正しい。しかしこのような奇妙なレトリックを用いてまで民主党を擁護するのは、詭弁であり贔屓の引き倒しと言うべきである。

 ところで、彼自身が同連載の別の記事で書いているように、民主党は大連立という八百長試合をやりかけた政党である。「まだ打席にも入っていない民主党」ではなく「無理矢理打席に入ろうとしたことがある民主党」というべきだろう。そしてこの記事に明らかなように、少数政党はバッターボックスに立たせてもらえないどころか、ベンチ入りすらさせてもらえない。

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by sea_of_sound_2008 | 2009-08-13 18:32 | メディア
 マスメディアは自民党と民主党に報道を集中させている。本当に「民意」は自民党と民主党のみを求めているのだろうか。二大政党制を望んでいるのだろうか。世論調査は異なる事実を伝えている。


……自民と民主の政策に「はっきりとした違いがある」と思う人は28%で、「あまり違いはない」は64%に上った。「民主党政権」で日本の政治は「良くなる」は26%、「悪くなる」9%で、「変わらない」59%が最も多かった。

引用元:http://www.yomiuri.co.jp/feature/20080116-907457/news/20090704-OYT1T00747.htm

 自民党と党民主の政策に「あまり違いはない」「民主党政権で日本の政治は変わらない」が6割。「はっきりとした違いがある」「民主党政権で日本の政治は良くなる」は30%弱。

c0187090_15351846.jpg


引用元:http://www.yomiuri.co.jp/zoom/20090704-OYT9I01060.htm

 上の記事のグラフ。自民党と民主党のどちらも「これからに不安を感じる」が約8割。「これまでに失望を感じている」は過半数。これは「これからに期待している」や「これまでに満足している」に大きく差を付けている。

◆今度の総選挙で、自民と民主の二大政党以外の政党にも、勢力を伸ばしてほしいと思いますか。そうは思いませんか。

 勢力を伸ばしてほしいと思う 54
 そうは思わない       38

*改行と空白を調整

引用元:http://www.asahi.com/politics/update/0802/TKY200908020173_01.html (魚拓)

 自民党と民主党の二大政党以外の議席増を望む人が、54%で過半数。

 次の調査は去年のものだが、興味深い結果が出ているので、参考としてリンクのみ示す。


 読売の調査結果からは、人々が自民党と民主党の双方に、大きな不安感や失望感を持っていることが見て取れる。また両党に際だった違いはないし、政権交代しても大きく変わらないと認識しつつ、どちらかと言えば民主党に期待する姿が浮かび上がる。そして朝日の調査結果からは、自民党より民主党を支持しつつ、過半数が二大政党制は望まないという結果が出ている。

 こうした調査結果にもかかわらず、なぜ民主と自民だけが採り上げる価値があるとされるのだろうか。それはやはり一つの選挙区で一人しか当選しない小選挙区の存在が大きな理由だろう。二大政党の候補のどちらが勝ってどちらが負けるかに注目が集まり、第三党以下は蚊帳の外に置かれてしまう。

 かつて小選挙区制が導入された時、政府は小選挙区は「民意を集約」するものであり、比例区は「民意を反映」するものだと説明した。それに倣って言えば、現在の報道は「民意を集約」する「小選挙区型報道」と言うべきものであり、「民意を反映」するべき「比例区型報道」が無いと言える。

 それは上の世論調査も例外ではない。読売の世論調査は、自民党と民主党のみを採り上げている。朝日の世論調査も、自民党と民主党から選ばせる項目が多い。これらは勝ちそうな二人の候補のどちらかを選ばせる小選挙区の論理そのものである。

 二大政党制に回収されない「民意」がこれ程あるにもかかわらず、何故無視されるのか疑問である。需要があるのだから、それに応えれば良いではないか。単純なことだ。そうしないのは、マスメディアの主体性の問題だ。これでは世論を誘導しようとしていると言わざるを得ない。

 自公退場を望む声は強い。しかしそれが民主支持となって現れているだけでなく、自民と民主の双方を疑う視点も持ち合わせていることにも注目しなければならない。しかしこの二つの流れの内、マスメディアは前者のみを採り上げて、後者を無視し続けている。

 心配なのは今後選挙戦が盛り上がるにつれ、あるいは前評判通りに民主党が勝利した時に、「民意」は二大政党制を望んでいると既成事実化されてゆくことだ。選挙結果や報道のあり方によって「民意」が左右されることを思えば、そうなりかねない。それが選挙前の「民意」とは異なることを記しておくと同時に、そうなる前にマスメディアが、「民意」に反するこうした報道姿勢を転換することを望む。



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by sea_of_sound_2008 | 2009-08-13 16:12 | 政治